たなか。

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4/9/2023, 4:46:22 PM

【誰よりも、ずっと】

誰よりも、ずっと近かった。小さい頃はそんなこと思わずにただ、みんな友だちみたいに無邪気に遊んでいたんだ。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ!」
公園で遊んだら誰でも仲良し。怖いもの知らずだった。それが今じゃどうだ。この有様だ。毎日、人との対話で精神をすり減らしながらギリギリで息を吸う。あの日、遊んでいた子たちは今何をしているんだろう。そんなことを思いながら夜遅くなった人の少ない道をわずかな流れに沿って歩く。鬼ごっこまたしたいな、なんて空を見上げながら思う。私の青春は、私の昔の強さは、見当たらない。いい子にしたのに私は迷子。
「捕まえた。」
歩いていたら後ろからそんな声がした。ふと振り返ればそこには“友だち“がいた。鬼ごっこをしたうちの一人。初恋の男の子。家が未だに近いことは知っていた。職場が近いことも。こんな時間まで仕事かなんて同情せざるを得ない。
「迎えに来たよ。」
「なんで、迎えに。」
意味が分からずに手を引かれた。付いてこれば分かると言ってある場所へ導かれる。でも、こうして手を引かれるなんて昔以来だった。
「足が遅いのなんてなんだ。手を引いて走れば引っ張られて早くなれるだろ?」
足が遅くても鬼ごっこが好きだった理由。手を引かれるままに私は昔みたいに笑いだしてしまった。
「ねぇ、迎えに来たならどこまで連れて行ってくれる?」

4/8/2023, 5:20:28 PM

【これからも、ずっと】

雨が降ったら泣きたくなるって言っていた。だから、心配で様子を見に来たんだって言い訳。泣いている君を抱きしめたくて。
「それじゃあ、寂しがっていたら毎日でも抱きしめてくれるってことなの?」
これからも、ずっと君を抱きしめていたい。なんてわがままかもしれない。と思っていたから。でも、君がいいならいいってことだ。雨なんて関係なくて、どんな天気でも君の期待を裏切らぬように。君の心の土砂降りがいつかお天気雨だ、と。笑えるように。
「ありがとう。」
冷たくなる心を閉ざさぬようにと温めた。脆く弱い心が今は壊れずに済んだらしい。
「嘘を吐いてくれてありがとう。」

4/7/2023, 4:02:31 PM

【沈む夕日】

沈む夕日に背を向けて歩き出した、もう戻らぬようにと祝いと呪いを込めて。戦いが終わる日にかけられた魔法の呪い。
「もう、戻って来ないの?」
「もう、戻って来られないの。」
悲しそうな顔には弱いんだ。やめてよ、そんな。見たくない。夜になる頃にはきっと忘れて強くなれると信じている。だから、今だけ寂しい背中を向けさせて。優しい顔して見送られても振り向いてはいけない誓約、誓い。沈む夕日に誓って背中を見捨てた哀れな剣士。
「背中を向けたら死んじゃうんだっけ。」

4/6/2023, 3:23:30 PM

【君の目を見つめると】

嘘はつけない、そんな顔。嘘は見抜けない、きっと優しさ。君の目を見つめると悲しそうな顔をしていた。
「なんであの人たちなんかを庇ったんですか。いや、違うか。なんであの時置いて行ってしまったんですか?」
そんな言葉にも嘘で返してしまう。申し訳ないとも思いながらもう後戻りなんてできなかった。
「君が嫌いだったからだよ。」
違う、そんなんじゃない。君の冷めた目にはもう慣れた。いつの間にか大きくなって前は頭一つくらいの差があったのにもう君の方が高くなっていた。
「嫌いならなんで泣いているんですか。」
仕方のないことだった。これ以上ここにいたら悪夢がいつまで経っても終わらないから。逃げ出して、連れ出して。君のことを優しいおばさんの元へ置いて行った。理由なんて聞かせたくなくて顔を背けてしまう。ふと、君の顔を見ると話したくなってしまう。君の視線に弱いんだ。
「もう一度聞きます。なんで、置いて行ったんですか。」
「君、言っていただろ。美味しいご飯が食べられて優しい人のところで暮らしたいって。」
でも、それじゃあ、意味がないのなんてずっと分かっていた。君のために何もしてやれなかった罪へのせめてもの償い。望んでないことも嫌われていることも分かっていた。自分のした事が正解かなんて分からなくて嫌なんだ。
「偽名まで使ってそんなに僕のこと嫌いだったんですか。一緒にいてほしかった。僕が貴方のことを嫌いだなんてありえない。名前で呼ぶのも嫌がるでしょう?」
それでも、俺は君の傍にはいたくない。好きだから嫌いになるんだ。ごめん。幸せに
「また、置いていくんですか。」
「俺は、君に幸せでいて欲しい。優しい人のところで温かいご飯を食べて好きな人を見つけて幸せに暮らして欲しい。」
君の元から逃げたのも全部言い訳で優しい嘘なんかじゃない。きっと、自分がクソみたいだって思ってるから自分の嘘を守りたかっただけ。
「僕の幸せに貴方のこと入れちゃダメなんですか。答えてよ、兄さん。」
もしこれが償いで悪夢だと言うのなら早く終わってくれればいいのに。

4/5/2023, 3:07:29 PM

【星空の下で】

彼女は綺麗だった。この手で掴みたいくらいに。届かないことくらいは分かっていた。星空の下で馬鹿みたいに手を伸ばす、届きもしない。でも、届かなくなるほどに欲しいから。悪い癖かもしれない。それでも、こうなったら自分を止められないことは自分が一番分かっている。やっぱり悪い癖だ。
「ねぇ、どうしていたらよかったと思う?」
「そんなこと聞かないでよ、分かってるくせに。」
泣いている顔を見られないようにって精一杯振った結果がこれだった。諦めるつもりはないのに振るっていうのもおかしな話なのかもしれない。なんで、彼女は振られてしまうのかなんて俺にだって分からない。
「俺さ、諦め悪いからまた告白しにくるよ。」
なんの宣言かも分からない、振ったのに。祭りの夜。屋台からは少しだけ離れて人の少ないところ。少なくとも知り合いはいないであろう場所で泣いてしまう俺を静かに見つめる彼女。今日、彼女が告白されるのを見てしまった。彼女はきっと告白を断っただろう。けれど、俺に振られた。きっと諦めの悪い俺のことを知っているから彼女は泣かないんだと思った。彼女の言葉を知らなくて、心に気づけなかった。
「どんな顔で待っててほしい?」
「どんな顔でもいい、なんなら待たなくてもいいよ。諦め悪いことだけ知っていてよ。」
この言葉にどれだけの意味があるのか。どれほどの重みがあるのか。彼女だけ知っていた。だから、この時だけ悲しそうな顔をしたんだ。泣かない彼女を月は照らす。泣いている俺を星空は隠すつもりはないらしい。
「待たせてくれてもいいのにね。」

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