永遠に
永遠に記録に残るような人にはなりたくない。
その他大勢でいい。
できるだけ目立たずひっそりと生きたい。
でも私には「モブ力」がないらしい。
圧倒的に目立たない人物でいるには、能力や性格、特性の平々凡々さが不可欠であるというのに。
私は背が低く、顔が小さい。体つきもほっそりとしている。特段美人な訳でもかわいい訳でも、メイクがうまい訳でもないのに、悪目立ちする容貌だ。
性格もかわいげがなく、口が減らない上に世渡りが下手。
何かにつけてうまくやれないのに、頑固な性格が対人関係にひびを入れてしまう。
目立つ。どう考えても目立っている。
それに加え、思考能力が低い方ではない分考えることすべてが空回りに拍車をかける。
テストの点数と偏差値を見て、私に期待する人がいることも、期待しない人がいることもモブになれない原因だ。
永遠に私の姿を留めるような媒体、たとえば写真やデータをすべて消してしまいたい。
私はいつだって「期待」に追い詰められる。
ああ、もう黙っていたい。永遠に。
理想郷
理想郷というものが存在していると信じていたころは、理想ばかりを追い求めていた。
少なくとも私にとっての理想郷など存在しないのだと知った日からは、現実を見るのをやめた。
理想は理想。あくまでも理想。
できる範囲で手を伸ばさなければ崩れてしまう。
あれこれやっても理想には届かない。
理想は理想。
懐かしく思うこと
あの日々に関して懐かしいという感慨が起こることはない。
懐かしいというのは記憶している出来事に対して感じる感情だ。私のは記憶ではなくただの記録だ。
いじめられていた。
それはただいじめられている自分を傍観していた私の記録。
離人症という症状らしいが、それは別にどうでもいい。
私は言われるがままに顔色を伺い、呼ばれればトイレにも校舎裏にも馳せ参じ、頭を下げていた。
どうしてそんな人たちの言うことを聞かなければならないのか、今もそのときも分かっていない。
それでも私は思考を停止して、精神を削ることをやめて頭を下げた。
どちらかといえば懐かしいのはいじめではなく、離人症の感覚だ。
ふわふわした心地で、自分を俯瞰して見下ろすのは癒されるような不思議な感覚だった。
私の精神はとっくに壊れていて、それでも学校には行かなければ母親や父親に叱られる。
いのちの電話に電話したこともあったが、あの相談員はやめたほうがいい。
どうすればいいのか聞く私に「それで何に困ってるの?」と言うような人は。
理不尽と戦う日々も、理不尽から逃れてふわふわしている日々も、記憶が曖昧なせいで懐かしさもない。
ああ、またふわふわしたいなぁ。
疲れてきたよ。
もう一つの物語
物語には表の顔と裏の顔があると思う。
私が過去に書いた小説もそうだ。
テーマに表と裏がある。
言うなれば二種類のセントラル・クエスチョンを常に念頭において書いていたということになる。
読者から見た話が表。
書かれた内容だけで判断できる内容。
描写したいことに忠実に、過不足なく書き記す。
たとえば喧嘩した二人が仲直りできるのかだったり、想いを打ち明けられるのかだったり、そんな内容を中心軸にストーリーが展開していく。
筆者から見た話が裏。
書かなくても(書かないことのほうが多い)私は登場人物の背景ほとんどすべてを知っているので、彼らが真の意味で分かりあえるのかどうかや、主人公のついたたった一つの重大な嘘について気づけるのかどうかが裏テーマの分かれ目になる。
書きながら私が楽しむ部分も裏だ。
矛盾した感情を内包する一人の葛藤を見つめながら「さあ、ここからどうするの?」と、先の展開を知りながらマッドサイエンティストのように注意深く観察して、問題を次々とぶつけてやる。
私の意地悪さが出る部分でもあり、読者には決して悟られないようにしている部分でもある。
読者からはありがたいことに好評頂いていて、「この先どうなるの……!?」と期待の声が寄せられる。
ありがたい。ありがたいけど申し訳ない。
私の感情実験の産物を有り難がってくれるのが誠に申し訳ない気持ちだ。
いつか、この裏の話を表に出したいという気持ちもなくはない。
けれど今はまだ、もう一つの物語は語られないままにさせてほしい。
嫌われるのはまだ、怖いのだ。
暗がりの中で
暗いところにはいい思い出がない。
暗がりの中でハリネズミのように身体中の神経を尖らせて、気づかれないように息を潜めていた。
見つかったときのためにと重心を片足に掛けて。
追いかけ回されるのは嫌いだ。
鬼ごっこなど逃げるのが趣旨の遊びじゃなくて、命や尊厳を奪おうとする心ない人から逃げるのは本当に心臓に悪い。
足が遅いことを何度も呪った。
足音に耳を傾け、無駄に発達した嗅覚で警察犬か何かのように人の動向を探り、身を隠すことに最大限の努力をすることで身を削っている。
ストーカー、殺人鬼、父親。
暗がりの中でも、敵意ははっきりとにじみ出る。
私を害することで得られる喜びがあるのかもしれない。
それでも、私は追いかけ回されるのは嫌いだ。
人間扱いされたくないのに、殺されたくない。
そんな自分が一番嫌いだ。