もう一つの物語
物語には表の顔と裏の顔があると思う。
私が過去に書いた小説もそうだ。
テーマに表と裏がある。
言うなれば二種類のセントラル・クエスチョンを常に念頭において書いていたということになる。
読者から見た話が表。
書かれた内容だけで判断できる内容。
描写したいことに忠実に、過不足なく書き記す。
たとえば喧嘩した二人が仲直りできるのかだったり、想いを打ち明けられるのかだったり、そんな内容を中心軸にストーリーが展開していく。
筆者から見た話が裏。
書かなくても(書かないことのほうが多い)私は登場人物の背景ほとんどすべてを知っているので、彼らが真の意味で分かりあえるのかどうかや、主人公のついたたった一つの重大な嘘について気づけるのかどうかが裏テーマの分かれ目になる。
書きながら私が楽しむ部分も裏だ。
矛盾した感情を内包する一人の葛藤を見つめながら「さあ、ここからどうするの?」と、先の展開を知りながらマッドサイエンティストのように注意深く観察して、問題を次々とぶつけてやる。
私の意地悪さが出る部分でもあり、読者には決して悟られないようにしている部分でもある。
読者からはありがたいことに好評頂いていて、「この先どうなるの……!?」と期待の声が寄せられる。
ありがたい。ありがたいけど申し訳ない。
私の感情実験の産物を有り難がってくれるのが誠に申し訳ない気持ちだ。
いつか、この裏の話を表に出したいという気持ちもなくはない。
けれど今はまだ、もう一つの物語は語られないままにさせてほしい。
嫌われるのはまだ、怖いのだ。
10/29/2023, 11:36:32 AM