娘の親友は、
自分が中学受験の勉強を怠ったせいで、両親が不仲になったのだと思っている。
その語りは驚くほど落ち着いていて、
「自分が勉強しなかったから」
「自分のせいで家の空気が悪くなったから」
と、淡々と因果を自分に引き寄せる。
それが事実かどうかよりも、
彼女にとっては、それが“真実”なのだ。
小5の言葉とは思えないほど筋が通っている。
世界を理解するために、自分を原因に置いて語る。
本当は、こう伝えたい。
「大人の離婚は、子ども一人の行動で決まるものじゃない」
「勉強のことがあったとしても、それは“きっかけ”に見えただけかもしれない」
「大人同士の問題は、子どもからは見えないところで積み重なっている」
だから、“全部を背負わなくていい”と言いたい。
けれど、彼女の目を見ると、
そこにいるのは子どもではなく、
ひとりの大人の女性のようで、
その言葉は野暮かもしれない、と躊躇する。
人はそんなに弱くない。
外野が介入することだろうか、と心が揺れる。
あと一年で両親は離婚し、
彼女は遠くへ引っ越すという。
娘は公立へ進む。
どのみち、道は分かれる。
物憂げな空は、まだ泣きそうではない。
けれど、容赦なく関係を軋ませてくる。
題 物憂げな空
その水槽の中の深い青は、ただの青ではない。
身体は小さく、群青を基調にしながら、角度によって藍へ沈み、
光が差すと一瞬だけ瑠璃が浮かぶ。
水面の揺らぎと共鳴して、体表は濃い藍染の染料をくぐらせた布のように艶めいていている。
鱗は、近づいて、目を凝らして、ようやく輪郭が見える。
そこにあるのは色というより、層だ。
青の堆積。
尾鰭は絹ではない。もっと脆く、もっと精緻だ。
金魚すくいのポイの紙のように、
一点に圧がかかれば、音もなく裂けてしまいそうな緊張を孕んでいる。
それでも彼は、水に抗わない。
ゆるやかに、ひれの縁から遅れて揺れ、
水圧を撫でる。
動いているのは身体か、水か、判然としない。
インクを一滴落としたときのように、
青が空間へと滲む錯覚が起きる。
彼は泳ぐのではなく、
水に溶けながら位置を変える。
ガラス越しに見ていると、
透明な空間の密度が変わる。
水そのものが、彼の輪郭に染まっていく。
観賞用に改良されたトラディショナルベタは、
自然界そのままの姿ではない。
20×40センチほどのベアタンク。
底は空白。
水温、pH。
吐出口の流れをスポンジに触れさせることで、
水の流れは、ほとんど静止。
静かに循環している水は生きている。
目に見えないバクテリアの営みが、透明の奥で呼吸を続ける。
ガラスの向こう側の“世界ごと”維持しているのは私だ。
私の手が過れば、
一晩で均衡は崩れる。
pHのわずかな傾き、
水温の数度、
見えない毒素の蓄積。
彼の宇宙は、私の掌の延長にある。
野生に戻せば幸せ、という物語はここでは成立しない。
彼は、人の選択の中で生まれた青だ。
だからこそ、その環境全体を背負う。
水を換えるということは、
世界を刷新すること。
濾過を止めるということは、
時間を止めること。
彼の命を預かった日々は、
「命とは何か」という問いを
ガラス越しに突きつけられる時間だった。
題 小さな命
急に光を当てたりしないよ。
僕だけは君を囲い込まない。
此処にいる。
名を呼べなくなってもそばにいるよ。
題 love you.
強さが単体で君臨していた。
自らを燃やしながら他者を生かすそれは、
何に対しても温度を下げない誠実さを貫いている。
光は迷わない。
考えることはあるが、
考えすぎることがない。
「やる」と思ったら、やる。
だから、屈折しない。速い。強い。
周囲が巻き込まれる。
信じることにブレーキをかけない。
疑わない。
時々立ち止まることはあるけれど、簡単には止まらない。
後ろを振り返らない。
裏を返せば、曲がれないということでもある。
それは容赦がない。
けれど、優しいふりをしない。
ただ、全力で在るだけ。
リンゴもトマトも
その全力の結果だった。
全力で育ててしまう。
私の影は振り注ぐそれのせいで濃くなる。
照らし、焦がし、影をつくる。
そこに善悪はない。
ただ、自分の温度を隠さない。
それは無自覚に燃えている。
自分が何を引き起こすかをいちいち計算していない。
照らす。
焼く。
育てる。
干上がらせる。
それを意図していない。
自身が相手を焼くかもしれないとは気づいていないようだった。
称賛がなくとも続ける情熱。
誰も見ていなくとも手を抜かない態度。
相手の機嫌に左右されない温度。
論理として正しい言葉。
けれど、それは時に残酷だ。
迷いがない。
解は一直線。
それは「優しさ」とは別だったが、
本気で、救おうとしているということでもあった。
けれど、「好かれやすさ」とは違う。
むしろ少し孤独だった。
私は太陽が絶対者でなくなる瞬間を見た。
どうしてか、
私はそれを自ら浴びに行ってしまう。
その熱を、確かめる。
近くにいると暖かい。
でも長時間はきつい。
私の皮膚は赤くなる。
光に焼かれてもそばに要られる強い私であれたらよかったのにな。
私は無防備ではいられなかった。
とても臆病だった。
私は影に入った。
「なぜ動かないの?」という光は、
動けない事情を蒸発させてしまう。
私が痛んだのは、
答えが間違っていたからじゃない。
ただ、突破できるものとして扱われるから。
でも突破できない局面もあるんだ。
動けない事情もある。
動かない勇気もある。
そこが見れない光は、
やっぱり少し、私を焼く。
けれど、離れれば…恋しい。
題 太陽のような
年齢は、本来ただの通過時間のラベルだ。
生まれてから地球を何周したか、それだけ。
現実には、人は年齢不詳。
老成した若者もいれば、子どものままの大人もいる。
身体・精神・経験はほとんど同期していない。
だから「何歳か」では中身は分からない。
年齢が役に立つのは、
人を管理し、比べる必要があるときだけ。
本当に分かるのは、
どの時代を通過してきたか、という背景だ。
「年を取ったら失敗してはいけない」
それは事実じゃなく、社会の幻想。
失敗は、若さの特権でも能力不足でもない。
ただ、試みたという痕跡だ。
年齢は、人を測る物差しじゃない。
通過してきた時間の記録にすぎない。
ゼロというのは、未熟という意味じゃない。
既存の物差しを一度手放すという決意だ。
だからひとはいつでも、ゼロから始めてみたらいい。
題 0からの