「触ってはいけない」と教えてきた火に、
いつのまにか自分の手で命を吹き込めるようになった瞬間。
それは、ただの技術の習得じゃなくて、
もっと古来からの命が継がれた感覚がした。
あの日、息子の手の中で灯ったのは、
焚き火の火そのものよりも、
「自分で火を起こせた」という喜びだったと思う。
ひとつの火を囲み眺めること、
それは太古から人々が重ねてきた祈りのかたち。
私たちに護られてきたその手が、
自らを守る側に変わり、
やがて何かを護る手へと成長していく。
胸の奥が熱くなり、そっと目を細めた。
あの日、あの小さな輪で灯火を囲む夜に。
題 灯火を囲んで
押し入れの奥で眠る、たたまれぬ布
広げられてほぐれ、そっと冬を迎える
洗い立ての冬服が、やわらかく空気を満たす
乱雑に放り込まれた手触りは
寒さに寄り添うやさしさへと変わり
ふわり、ふんわり
あたたかな息吹がそっと漂う
題 冬支度
「この瞬間が止まってほしい。」君の吐息の届くそばで僕は呟く
「時が止まれば永遠は観測出来ないね。私は永遠を信じてる。」
君の言葉で、僕の熱に永遠なんて概念を持ち込まれると、
感情の火に冷水を浴びせられたみたいで、はぐらかされた気分だ。
永遠を願う君の想いと、時を止めたい僕の祈りは、
根っこで同じものを求めているのにさ。
もし時が止まるなら、光も、音も、僕の鼓動も、君の瞬きさえも、そのすべてが静止し、誰ひとり取り残されない。
もし永遠が叶うなら、枯れることなく、僕らは歩き続けるだろう。
だけど、理屈としての永遠や静止が欲しいんじゃない。
今この熱を、ただ残したいという幻想なんだ。
――――だから僕は、君を抱きしめる。
題 時を止めて
それは、空気が急にやわらぐような香りだ。
風のなかに溶けた蜜が、気づけば頬を撫でている。
甘いのに重くなく、懐かしいのに正体が掴めない。
枝のあいだで小さな橙の星々が群れて咲き、
ひとひらひとひらが、光の粒のように揺れる。
見上げれば、陽の射す木漏れ日の中で
金色の粉を散らすようだ。
香りは、過去を連れてくる。
あの日の帰り道、ランドセルと長靴と水たまり。
誰かの笑い声。手のぬくもり。
眩しい夕日の中、記憶の奥で乾いた頁をひらくように、
金木犀はそっと、季節をめくる。
題 キンモクセイ