「子供の頃は」
湿気った曇りの昼下がり。膝の上には自称マッドサイエンティスト。やることも思いつかないから居間でテレビを見ていた。流行りのファッションとか、観光スポットとか、他愛もない内容だ。
そういうコーナーの間にニュースが挟まる。
両親に育児を行われなかった子供が見つかったらしい。
それを見て自分は過去の事を思い出していた。
子供の頃……いや、うんと小さい頃はいたって普通の家庭で暮らしていた。絵本の読み聞かせも、美味しいご飯もあった。きょうだいも生まれて、小さいながらすごく満たされていた。
将来は、家族みんなを守れるような、そんなひとになりたいと、心からそう思っていた。
でも、いつだっただろうか。何故だったのだろうか。
もう忘れてしまった。もしかしたら思い出したくないだけなのかもしれないが。徐々に幸せは崩れた。
両親はいつも喧嘩ばかりしていて、何かある度にどちらかの味方をさせられたり、時に怒りの矛先が自分に向くこともあった。
貧乏ではなかったはずなのに、ご飯にありつけない日もあった。
無力な自分は、ただただ悲しかった。虚しかった。
家族の仲を取り持つことも、助けを求めることもできずに、ひとりで泣くことしかできなかった。
そんな日々を長いこと送っているうちに、いつしか希望の持ち方も忘れてしまったし、夢なんてものも忘れてしまった。
花が散るように、命が消えるように、愛にも夢にも希望にも、いずれ終わりが来るんだ。
そのことを理解したから、せめて何も起こらない、波風を立てない、そんな暮らしを求めるようになっていった。
求めれば求めるだけ苦しくなる。
それが分かったのなら、最初から求めなければいいだけだ。
なのに、過去の自分の亡霊に付き纏われて、何でもかんでも求めようとしてしまう。
そんなことを考えていたら、ふと自称マッドサイエンティストが口を開いた。
「そうか……。キミも、辛かったんだね。」
「……どうして、自分の可愛い子供なのに、そんな酷い目に遭わせられるんだろうか。ボクには分からないや。」
「ボクは随分と愛されて育った。だから余計理解できない。」
「あ、自慢のつもりは毛頭ないよ。まだボクはこの通り子供だから、おとなの気持ちはあまりわからない。」
「でもね、新しい仲間が増えたときや、彼らがだんだん成長していく様子を見ているとね、すごく嬉しくなるんだ。だからこそ、小さい子たちを辛い目に遭わせたくないのだよ。」
「こう見えてボクはキミよりもずっと年上だ!だからもちろん、キミに対しても同じように思っているよ。」
「過去はとても辛いものだっただろうし、それを変えることもできない。」
「だけどね、これからボクと一緒に過ごして、そんなことを忘れてしまえるくらい楽しく生きようよ!未来なら無限に変えられるんだからね!」
「キミが満足するまで、色んなことをしようよ!もちろん、ボクのしたいことにも付き合ってもらうが!!」
……そっか、そうだよな。……ありがとう。
あんたみたいなわがままなやつが羨ましい、なんて思っていたけど、自分だって少しくらいなら、わがままになったって良いよな?
「そうだよ!!!だから、苦しければ何でも話を聴くよ!それから、美味しい食べ物を食べて、遊んで寝て……!」
「これからを明るく暮らそう!!!」
ああ、そうするよ。
「日常」
朝起きて、身支度を整えて、すべきことをして、家に帰って、眠る。毎日毎日、ずっとその繰り返しだった。
体力も気力もない自分は、たとえ休日が来たところで、せいぜい家でネットサーフィンをするぐらいのことしかできなくて、なのにこの現状を変えようとも思わなくて。
まるでモノクロの生活を送っていた。
そんなある日の夜。
突然、流れ星みたいにあんたが飛び込んできたんだ。
声はデカいし、意味わからんことばっかり言うし。
妙に元気で、自信満々で、色んなものに興味津々。
それから、出会ったばっかりのくせに、自分を大切にしてくれる。
ホント、変なやつだな。
……でも、あんたがいてくれるおかげで、自分の日常に色がつき始めたんだ。
ただただ惰性で繰り返してた日々に、ほんのりと楽しみが、新しい発見が加わった。
あと、あんたの笑顔を見ると……ちょっとだけ嬉しい。
こんな日がいつまでも続けばいいな、なんて思いながら。
今日も新しい1日が始まる。
「好きな色」
「好きな色」というテーマの思い出をひとつ。
ちなみに私は「聴色(ゆるしいろ)」のような薄いピンクが好きです。
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私の通っていた高校には藤棚がありました。
入学したばかりの頃にはまだ花をつけていなかったので、「何色の藤なんだろう」くらいにしか思っていませんでした。
藤の花が咲き始める頃、ふと色づき始めた藤棚の方を見ました。
その時ふと気付きました。
この藤、普通の藤よりもピンクだ!
好きな色がピンクの私はとても嬉しかったです。
ですが、それに気付いている人は先生・生徒ともにいないようでした。
どうやら、こんなにも綺麗なのに、誰も藤には興味がないみたいです。
なので私はこっそり決めました。
この学校藤が珍しい色であることを、敢えて誰にも言わないでおこうと。
なんだか素敵な秘密ができたと思って、それ以来は毎年藤の咲く時期がとても楽しみになりました。
所謂藤色の藤と白藤しか知らなかった私が、その藤を「紅藤」と呼ぶことを知る前のお話でした。
今でも5月になると、あの紅藤のことを思い出します。
「あなたがいたから」
10000年くらい前に、安らかな永遠の眠りについたあなた。
712兆年くらい前に、ボクらを完成させてからも。
ずっと全てに尽くしてきた。
あなたがいたから、今ボクは存在できている。
あなたのおかげで、みんな穏やかに暮らせている。
でも、みんなはあなたがいたことすら忘れかけているんだ。
きっと今頃、あなたは向こう岸の世界で休んでいるだろうから、ボクの声なんか聞こえてもいないかもしれない。
それでも。ボクはこうやって時々、
あなたの部屋の奥に作ったあなたのお墓の前でお話をするんだ。
最近あったことや、新しい発見。
それから、美味しい食べ物やどこかで見た美しいもののこと。
他にも話したいことがたくさんあるよ!
話している間はなんとかその気持ちを紛らわせられるけれど、ふと静寂が訪れるとどうしても考えてしまう。
あなたと直接会ってお話ができたらなぁ、って。
あなたの膝の上で、笑顔を見たかったなぁ、とか。
みんなで集まって、また何かしたいなぁ、なんて。
ボクはずっと元気だよ。
でもやっぱり、あなたのことを思い出すと寂しくなるんだ。
……ごめんね。今度はもっと面白い話を持ってくるから、楽しみにしていてね!
それじゃ、また!
「相合傘」
今日は天気が良くないな。ようやく梅雨らしくなってきたといえばそうだけど、どんよりした天気が続くと気が滅入る。
しかも、よりにもよってこんなタイミングで色んな用事ができてしまった。
大量の買い物に、パスポートの更新。
スーパーに行かなくてはいけない原因を作ったのはあいつ───自称マッドサイエンティストだ。
「ボクは!!!おうちでパーティーを開きたい!!!」とか突然言って、色んな料理を作っていたらあっという間に冷蔵庫が空になってしまった。
うちの冷蔵庫は生憎急なパーティーには対応していないんだ。
だからいろいろ食べ物と、ついでに消耗品を買おう。
あ、大荷物になる前に役所に行かないと。
「おやおや!!!お出かけかい?!!ボクも一緒に行くよ!!!ボクはキミ達ニンゲンがどんなふうに町を維持・管理しているのか興味があるのだよ!!!」
……いいけど、あんまり変なことするなよ?
「変なこと?!!失礼な!!!ボクがそんなことをするような存在に見えるって言うのかい?!!」
はいはい。悪かったよ。
「それじゃあ!!!行こうか!!!」
「あ、そうそう!!!傘も忘れずにね!!!」
自分はマッドサイエンティストを自称するこいつと外に出た。
ムワッとした空気に包まれて季節を感じる。
「いかにも梅雨らしい天気だね!!!まあボクは今まで梅雨を経験したことがないのだが!!!」
「そういえば!!!パスポートの更新には収入印紙が必要なのだろう?!!もう購入したのかい?!!」
……しまった。忘れてた。
まあでも役所までの道に郵便局があるからいいか。
自分たちは急遽郵便局に寄ることにした。
収入印紙を買っている間、あいつは楽しそうに中を見てまわっていた。そんなに珍しいものがあっただろうか。
「おや!!!素敵なデザインのハガキだね!!!」
「これを見たまえよ!!!季節感あふれる柄の切手だね!!!」
「なるほど……精巧な印刷技術が使われているね!!!」
あんたのこと見えてるひとがいないからってあんまり騒ぐなよ。
「まあまあいいじゃないか!!!それで、ちゃんと収入印紙は買えたんだろうね???」
「それじゃ!!!お天気が崩れないうちに!!!新しいパスポートを受け取りに行こうか!!!」
役所に行くのは随分と久しぶりだ。
一体いつ以来だろうか。
「この辺りはうちの近所とは少し違う雰囲気だねぇ!!!」
「ほら、見て!!!バラとアジサイが植えてあるよ!!!」
「あっちには……なんだろう……猫?の置物があるね!!!」
物珍しそうに隣ではしゃぐあんたを見る。
何を見ても楽しそうだな。
「そりゃそうだよ!!!なんせ、ボクの管理する宇宙でこれだけの文明が築かれているんだから!!!ボクだって嬉しいうえに鼻高々だよ!!!」
「あ!!!あれが役所だね?!!」
そういや、ちょっと気になってたことがあるんだが。
「どうかしたかい???」
前にあんたの身分証を叩き割ったことがあったけど、あれってどうやって再発行したんだ?
「……気になる???」
「後で教えるから、その前にどんな手続きをするのか見せてくれたまえよ。」
……若干怒ってる気がする。
あの時は悪かった。ごめん。
……必要な書類を持って部屋に入る。
窓口に書類と収入印紙を提出して、パスポートを受けと───
「え!!!ちょっと!!!本当に受け取るだけなの?!!」
「ねえ!!!いつの間に事前の手続きをしたんだい?!!」
「ふむふむ……なるほど……!!!」
「まったく、便利な世の中だねえ!!!」
今の一瞬で何が分かったんだ……?
「公認宇宙管理士の認定証の再発行より相当楽ってことかな。」
「それはともかく!!!今から買い物だろう?!!そろそろ天気が怪しくなってきたから急ぐよ!!!」
ああ、そうだな。
「しかし、キミ達の文明はなかなか進んでいるね!!!」
「まあボクの背負っているものは相当重いから簡単な手続きだけじゃどうにもならないから仕方ないか!!!」
……あ、今腕が濡れたような?
「おっと!!!雨だよ!!!ボクは濡れても平気だが!!!」
急いで傘を開く。あいつは雨にも関わらず平気で歩いてる。
……おい、そういやなんであんたは傘を持ってないんだ?
「雨を浴びたい気分なんだよ……。」
やめろ。この前玄関を雨でびしょびしょにしたのは誰だ?
「さ、さて、誰だっただろうか〜???」
……いいからこっち来い。
「へへっ、これが相合傘というやつだね!」
「キミがこんなことをしてくれるってことはアレだね?ボクのことが可愛くて仕方ないってことだね?!!」
いや、また玄関を濡らされたらたまったもんじゃないからな。
「ふ〜ん???」
キミも素直じゃないなぁ!
本当はボクが濡れて体を壊さないか心配なんだろう?
ま、素直じゃないのもキミらしいが!
とりあえず、今日はこのままキミのそばにいようかな!