ここは死後の世界──。
今日もたくさんの人間が亡くなりやってくる。
地上では、49日、または忌明けと言う。ここでは生前裁判と呼ばれ、7日ごとに10人の王によって裁かれる。
そして私はその様子を別の場所でモニター越しに見守っていた。
この世界に生を受けて10日が過ぎた。まだ生えたての小さな白い羽、着なれないスーツを身につけ同期の人たちと並ぶ。
その後ろで先輩たちが言い争っていた。
「あいつは、どう見たって、絶対に地獄行きだ!」
「どこを見ていっているの!」
「動物を虐待し殺した!その罪は決して許されねぇ!」
「これだから、アニマル狂は……。あれは、子供を助けるため、仕方ない犠牲よ!彼は天国行きだわ!!」
「動物が好きで何が悪い!動物を傷つけ殺すやつが悪い!クソがっ!」
このように毎日やってくる死者の裁判を眺め天国行きか、地獄行きか争っているのだ。
「二人ともおやめなさい。新人が怯えていますよ」
その様子を見ていた天国長が宥めた。
「皆さん驚かせてしまい申し訳ありません。今日は皆さんの配属部署を決めます」
ここでは素質あるものが配属先が与えられる。
天使としての素質があれば天国支部、悪魔としての素質があれば地獄支部。そのような決め方だ。
天使長に呼ばれ周りの同期は次々と配属先が決まっていく。
「お次、アルジャンくん。天国支部、第1部署」
おぉと周りの同期が騒ぐ。天国支部、第1部署は同期の間ではレアな部署に入る。素質以上が認められないと立ち入ることのできない場所である。
「グレイト、お先!」
アルジャンが私の肩をポンと叩き第1部署の責任者の元へかけていく。
「最後、グレイトくん。あなたの配属先は……」
「配属先は……?」
「未定よ」
…みてい、未定?
「え?」
天使長の顔は微笑んでいた。
「未定と言っても配属はしないというわけじゃないの。あなたの色は不思議でどちらでもいいのよね」
「どちらでも……とは?」
「うん。天使は必ず素質という色を持っているの。あなたはその色が不安定だから配属先が決められないの」
色が不安定だから決められない。その意味はよくわからないけど、良くないことはわかる。
「まあ、深く考えるな若者!どちらにせよ両方素質があるかもしんねぇーし、それ以上のものかも知んねぇ。なるようになる」
バシバシと背中を叩く地獄支部の先輩に微笑んだ。
「色のない私ですが……どの部署でも精一杯頑張ります!」
そう言うと天使長が頷き、地獄支部の先輩は親指を立てていた。
「それでは、グレイトくん。あなたの最初の配属先は天国支部、第13部署です。頑張ってください」
「はい!」
これは、死後の世界、天国と地獄で働く社畜たちの物語である。
……あれ、天国支部、第13部署って……?
【あの世の沙汰も社畜次第】
とても寒いの。あなたがいないと。
とても静かなの。あなたの話し声がしないから。
心が冷たくなっていくの。あなたが愛を囁いてくれないから。
私の周りはずっと雨。
どこに行ってしまったの?何故私のそばにいないの?
「……義姉さん」
あなたによく似た義弟はいるのに何故あなたは写真の中で笑っているの?
寒いわ、寒いわ。冷たい水が体に流れているように心から凍えてしまう。
お願い、私を迎えに来て。
「義姉さん、泣かないでください」
「泣いてなんかいないわ、これはただの雨よ」
私から流れる“降り止むことのない悲しい涙(あめ)”
突如として世界終焉が発令された。
もちろん、人はすぐには信じない。以前にも同じようなことがあったからだ。
今回も大丈夫。誤報だと思っていた。
刻々と終焉の日に近づくたび人々は本当の終わりの意味を知ることになった。
終焉宣言から数日後、空の色が淀み始める。1週間立つ頃には空が割れ、東京上空に謎の光る輪が出現した。人々は絶望しこの世界から逃げようとする者が現れる始末。
国の偉い人“そうり”とか言う人が先に逃げた。連日、テレビやラジオで同じようなことが報道されていた。
(無駄な努力とはこのことを言うよな……)
青年はテレビの音に耳を傾けながら納豆を混ぜていた。
「ほい、ちぃ。お味噌汁、今日は大根の葉とお揚げさんだよ〜」
「おぉ、さんきゅ」
味噌汁を受け取り、手を合わせ食べはじめる。
「楓、これなんだ?」
「あー、それね……一応炒めもの。余り物を入れまくったらカオスになっちゃった」
あははと頭を掻く楓。
“ちぃ”こと──小太郎は晴れて恋人同士となった楓と同棲しはじめて3年が経とうとしてた矢先、終焉宣言が発令された。
当時はデマだ、誤報だ、どうせ起こるわけ無いと思っていた。
発令から数日後、世界変動を目の当たりにしたことで現実に起こることを確信した。
動揺しパニックを起こした小太郎を宥めたのは恋人の楓であった。
彼の“大丈夫”は確証がないのに強いパワーを持っていた。
正気を取り戻した小太郎も思い直し、すぐには消えるわけがない、人は残り続けやがて朽ちるのみ。それまでふたりはいつもと変わらない日常を過ごすことにした。
そうできると信じていた。
発令から1ヶ月が過ぎようとしてた頃、小太郎と楓が買い物中、近くの人が砂と化して消えた。
「もう無理だ!何処かへ逃げよう!」
家に帰ると小太郎は急いで荷物をまとめはじめた。
「ちぃ、落ち着いて!大丈夫だから!」
「大丈夫なわけないだろ!見ただろアレを!」
声を荒げて楓に叫んだ。ビクリと体を震わせ固く唇を閉じた。
「あ……ご、ごめん。楓のせいじゃないのに……」
「ううん、おれもごめん」
二人は手を握り合いキスをした。
「えへへ、仲直りのちゅーだ〜」
「こんな時まで茶化すなよ……」
にこにこと笑う楓がもう一度唇にキスをした。
「おれも、怖いの。世界が終わりますと言われたあの日から、ずっと」
楓の手に力がこもる。
「それでも、ちぃと終わる日まで一緒にいたいから怖くないフリしてた」
怖いよとポロポロ泣く楓を強く抱きしめた。
自分たちではどうすることのできない現状で楓は何もない日常を送ろうと頑張っていたのだった。
その日は楓を強く抱きしめたまま眠りについた。
それからふたりは“何もない日常”を楽しんだ。
ふたりで朝ごはんを食べ、買い物に行き、映画を見たり、時には恋人らしいことをした。
最後の日がやってきた──。
1Kの部屋にふたりで雑魚寝をしている。目をつぶり、手を繋ぎながら。
「楓、今日のご飯も美味かった。いつもありがとうな」
「どーいたしまして〜」
他愛もない会話に花を咲かせながらふたりは時を待つ。
「ちぃ、これからおれらはどこに行くのかな?」
「さぁ?わからない。でも楽しいところだといいな。そしたら楓といっぱい遊べるしな」
ふっと柔らかな笑顔を向けている楓。
「キスして、いい?」
「うん」
顔を寄せ合い唇を重ねていく。何度も何度も角度を変えて。
「ちぃのスケベ」
「仕方ないだろ!楓が可愛いのがいけない」
部屋に二人の笑い声が響く。
「なあ、楓。どこに行くかわからないけど、もしこの世界が少しでも残ってたり、別の星があったりしたらいいなって俺思うよ」
「うん、そうだね」
「そしたら生まれ変わってまた逢えたらいいな!別の種族だって、星が違くたっていいさ楓と一緒に入れれば」
「うん……」
楓は目をつぶりながら泣いていた。小太郎の目からもとめど無く涙が溢れだす。
「ち……っ、小太郎ぉ……おやすみ!」
「あぁ、おやすみ」
おでこにキスをしたあと瞼を閉じた。
海の波のように穏やかで心地よい光に包まれた気がした。
──また逢えたら、君と何もない日常を。
【1番星を探している】──また逢う日まで
東の空がぼんやりと明るくなり始めた頃、一人の男が海へ来ていた。
鳥の巣のような頭に無精髭を生やした壮年。
彼はカメラを片手に空を見上げていた。
何故なら、先日同級生と酒を飲む機会があったから。三十路を迎えたばかりという事で誕生日会のようなものでもあった。その一人が海にまつわる不思議な話をしだした。
話を要約すると『夜が明けるとき海に来た人にしか見えない人がいる。それもとびっきり美人の』と言うのだ。
断じて美人に釣られたわけじゃない。
彼は‘月刊超常現象〜それって本当?〜’のライター兼カメラマンであった。名前は本名の‘幽羅(ゆうら)’で書いている。まだ小説家という夢を追っている時今の編集長にであった。嫌いだった名前から今の仕事が向いていると言ってくれたおかげでたくさんの読者ができた。
今日もその取材で来ていた。
(決してナイスバディな美女を期待しているわけではない)
空はまだ夜が明ける前、星が少しだけ見え隠れする。雲の隙間からキラリと何か光った気がした。
慌ててシャッターを切ったその時、ゴウゴウと音をさせながら塊が飛んできた。
「えっ!?」
驚いたのも束の間、刹那にして塊は閃光を放ち男は気絶した。
やけに体が重い。胸や腹に何かいる。それだけではなく、顔をペチペチと叩く者がいる──はっと目を開けるとそこには青い目をした男児が幽羅を見ていた。
「ママ!」
「は?」
男児は元気よく言った。髭面の男を見て。困惑しながらも体を起こし男児をよく見る。
「お前、誰だ?」
首を傾げる男児。にぱにぱと笑い話を理解していない様子だ。
彼の特徴は外見は人、黒い髪に青い瞳、洋服もよく見る子供服だ。ただ違うのは彼に獣のような耳と尻尾が生えていることだ。
「ぼく、名前は何?」
怖がらせぬよう不器用に笑みを浮かべる。見る見るうちに男児の目が見開かれていく。
「……ママ、ちがう」
「おう、おじさんは幽羅って言うだ」
「ゆーら?」
「そ。ゆ、う、ら、な?」
一瞬笑顔が消えたが名前を知ったことで男児はきゃいきゃいと膝の上ではしゃぐ。
「ゆーら!」と指で差し次に自分の方を指差し「てと!」と言った。
「お前、テトって言うの?」
こくんと頷くテト。
ぴょんと砂浜の上に飛び、わーっと言いながら駆け出すテト。
「美女じゃなかったな……」
無意識カメラをテトに向け何枚か撮ってみる。写真を確認して幽羅は絶句した。
テトを囲むように無数の手や笑う人の顔、時に頭部だけしかない者まで写り込んでいた。
「は?え?なんだこれ……」
じっとりと手のひらに汗が滲む。
テトがこちらを見て子供らしかぬ顔で笑う。
「みんな、てとのおともだち」
幽羅はテトの後ろに漂う禍々しい何かから逃げるように車に乗り込んだ。
【幽羅とテト】
──後悔した。ただ後悔しただけだ。
私が10歳のとき、友達とボール遊びをしていた。そのとき唐突に襲ってきた後悔。
──何故私はあのとき子宮に入ってしまったのか?
その日から生について考えることが多くなった。
──何故私は生きているのか?
──何故私は私なのか?目の前にいる人間が私だって構わないはずだ。なのに何故?
ご飯を食べているとき、風呂に入っているとき、寝るときまで考えている。
──この体を操作してるのは何故?
──意識が私として存在しているのは何故?
もちろん、答えはない。
私は私だ。父は父、母は母。そして他人は他人。
理解ができるが時々どうしてか自分がわからなくなるときがある。
期待されるたび、がっかりされるたび、私の価値とは何かモヤがかって見えなくなってしまう。
それと同時に私とは何か、私を通して両親や他人は何を求めているのか、何を見ているのか、何を望んでいるのかわからなくなる。
それは本当に“私”なのだろうか?いいや、違う気がする。
私は私であることを、他人は他人であることをやめてはいけない。どちらの領域にも超えてはならないものであると私は思う。
思うだけで、他人の期待に応えずにはいられない性である。
【私と性(さが)】