本棚の隙間

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突如として世界終焉が発令された。
もちろん、人はすぐには信じない。以前にも同じようなことがあったからだ。
今回も大丈夫。誤報だと思っていた。
刻々と終焉の日に近づくたび人々は本当の終わりの意味を知ることになった。
終焉宣言から数日後、空の色が淀み始める。1週間立つ頃には空が割れ、東京上空に謎の光る輪が出現した。人々は絶望しこの世界から逃げようとする者が現れる始末。
国の偉い人“そうり”とか言う人が先に逃げた。連日、テレビやラジオで同じようなことが報道されていた。
(無駄な努力とはこのことを言うよな……)
青年はテレビの音に耳を傾けながら納豆を混ぜていた。
「ほい、ちぃ。お味噌汁、今日は大根の葉とお揚げさんだよ〜」
「おぉ、さんきゅ」
味噌汁を受け取り、手を合わせ食べはじめる。
「楓、これなんだ?」
「あー、それね……一応炒めもの。余り物を入れまくったらカオスになっちゃった」
あははと頭を掻く楓。
“ちぃ”こと──小太郎は晴れて恋人同士となった楓と同棲しはじめて3年が経とうとしてた矢先、終焉宣言が発令された。
当時はデマだ、誤報だ、どうせ起こるわけ無いと思っていた。
発令から数日後、世界変動を目の当たりにしたことで現実に起こることを確信した。
動揺しパニックを起こした小太郎を宥めたのは恋人の楓であった。
彼の“大丈夫”は確証がないのに強いパワーを持っていた。
正気を取り戻した小太郎も思い直し、すぐには消えるわけがない、人は残り続けやがて朽ちるのみ。それまでふたりはいつもと変わらない日常を過ごすことにした。
そうできると信じていた。
発令から1ヶ月が過ぎようとしてた頃、小太郎と楓が買い物中、近くの人が砂と化して消えた。
「もう無理だ!何処かへ逃げよう!」
家に帰ると小太郎は急いで荷物をまとめはじめた。
「ちぃ、落ち着いて!大丈夫だから!」
「大丈夫なわけないだろ!見ただろアレを!」
声を荒げて楓に叫んだ。ビクリと体を震わせ固く唇を閉じた。
「あ……ご、ごめん。楓のせいじゃないのに……」
「ううん、おれもごめん」
二人は手を握り合いキスをした。
「えへへ、仲直りのちゅーだ〜」
「こんな時まで茶化すなよ……」
にこにこと笑う楓がもう一度唇にキスをした。
「おれも、怖いの。世界が終わりますと言われたあの日から、ずっと」
楓の手に力がこもる。
「それでも、ちぃと終わる日まで一緒にいたいから怖くないフリしてた」
怖いよとポロポロ泣く楓を強く抱きしめた。
自分たちではどうすることのできない現状で楓は何もない日常を送ろうと頑張っていたのだった。
その日は楓を強く抱きしめたまま眠りについた。

それからふたりは“何もない日常”を楽しんだ。
ふたりで朝ごはんを食べ、買い物に行き、映画を見たり、時には恋人らしいことをした。

最後の日がやってきた──。
1Kの部屋にふたりで雑魚寝をしている。目をつぶり、手を繋ぎながら。
「楓、今日のご飯も美味かった。いつもありがとうな」
「どーいたしまして〜」
他愛もない会話に花を咲かせながらふたりは時を待つ。
「ちぃ、これからおれらはどこに行くのかな?」
「さぁ?わからない。でも楽しいところだといいな。そしたら楓といっぱい遊べるしな」
ふっと柔らかな笑顔を向けている楓。
「キスして、いい?」
「うん」
顔を寄せ合い唇を重ねていく。何度も何度も角度を変えて。
「ちぃのスケベ」
「仕方ないだろ!楓が可愛いのがいけない」
部屋に二人の笑い声が響く。
「なあ、楓。どこに行くかわからないけど、もしこの世界が少しでも残ってたり、別の星があったりしたらいいなって俺思うよ」
「うん、そうだね」
「そしたら生まれ変わってまた逢えたらいいな!別の種族だって、星が違くたっていいさ楓と一緒に入れれば」
「うん……」
楓は目をつぶりながら泣いていた。小太郎の目からもとめど無く涙が溢れだす。
「ち……っ、小太郎ぉ……おやすみ!」
「あぁ、おやすみ」
おでこにキスをしたあと瞼を閉じた。
海の波のように穏やかで心地よい光に包まれた気がした。

──また逢えたら、君と何もない日常を。

【1番星を探している】──また逢う日まで

5/6/2023, 11:58:14 AM