今日、小惑星が衝突して人類は滅亡するらしい
偉い天文学者さんが予測したルートぴったりで地球に向かってくるそれは、強力な磁場を発生させているとかでミサイルでも迎撃できないし、そもそも今の地球の科学力でどうにかするには発見が遅過ぎたとかどうたらこうたら
というわけで衝突は避けられないってことになって
まあ、普通にみんなパニックになったよね
水や電気、交通機関や情報通信なんかのインフラが機能しなくなって
ヤケになって暴徒と化す人もいれば、恋人と抱き合って涙する人、神様に祈る人もいて人間見本市って言ったらさすがに不謹慎過ぎるか
周りのことなんてさておき、もはやちょっと良いカメラに成り下がったスマホをなんとなくポケットに入れてキュッと靴紐を結ぶ
普段の俺ならこんなきっちり結ばないけど、途中で解けたら嫌だし
おそらく今日の夜にでも小惑星は降ってくるだろうから夕方には到着したいところだ
さぁ、行こう
俺のたった一人のパートナーのもとへ
いってくるね
2年程同居したサボテンを人差し指で撫でる
チクリとした痛みは発破をかけてくれたみたいだった
道路も歩道も連絡通路もめちゃくちゃだった
1日でこんなに変わるんだ
こんな強烈な劇的ビフォーアフターが歴史に刻まれないのは、特に惜しくもなんともなかった
歴史とか暗記で楽だなー程度にしか思ってないし
人やらゴミやら瓦礫やらでしっちゃかめっちゃかになっている中を走り抜けるのは退屈しなかった
なんならアクションゲームみたいでちょっとワクワクした
普通に走るより疲れるけど、悪くはない
去年ぐらいの俺ならきっと、とっくに走れなくなってゾンビ・オブ・ザ・デッドにでもなってただろう
持久走は今でも大嫌いだけど、頑張って良かったな
会って開幕パートナーに怒鳴られた
なにやってんだ、お前ん家からここまでどんだけ距離あると思ってんだ、危険な目に遭ってもおかしくないんだぞ、お前バカだろ、だって
えー酷くない?お前に会いたい一心で来たのに
そう伝えれば、美しく形作られた顔ばせを歪ませて耐えるように黙り込んじゃった
陽が落ちた後だったら見れなかったんだなと思うと目の前の人が一層愛おしく感じた
できるならお前には笑っていて欲しいけど、どんな顔でも俺は好きだから
少し落ち着きを取り戻したパートナーは俺に笑いかける
モナ・リザも裸足で逃げ出すアルカイックスマイル
ありがとうな
俺の夢に付き合ってくれて
まあもうお前の夢でもあるのか
結局叶えられそうにないけどさ
お前と出会ってからの毎日は最高だった
いや、最低な時もあったか
ま、それもいい思い出ってことにしておく
とにかく、俺はお前と出会えてしあわせだ
ほんとうに ありがと な
突然、ビリビリと肌に伝わるほどの声量で叫び、上等な絹みたいな髪をぐちゃぐちゃに掴む
これで終わりとか意味分かんねえよ
まだお前とやりたいこと沢山あるし
お前と行きたいところだってあるし
サッカーだってまだこれからなのに
マジで意味分かんねえよ
もういやだ
もうなんでもいいから
もっと おまえと いっしょに いきたかった
その言葉を最後に崩れ落ち慟哭するパートナーを抱き寄せる
形のいい頭を撫でながら、首筋に顔を埋める
大好きな匂いでいっぱいになって、これ以外何もいらなくなる
ごめんね、本当は全然悲しくなんてないんだよ俺
もう一緒に出かけたり、サッカーできなくなっちゃうのは寂しいけど、でもそれだけだ
むしろ俺、幸せなんだ
だって、一緒にいられる今のまま終わることができるから
約束したもんね
最後まで一緒にいてよ、って
ありがとう
約束、守ってくれて
大好きだよ
愛してるよ
俺だけの最高のパートナー
見たこともないどこかの最果てで
地球の悲鳴が聞こえた気がした
もう二度と味わいたくないほどの最悪を噛み締めて、噛み砕いて。ようやく這い上がってここまで来て。
一人でも世界一になるための理想を掲げて、一人でも世界一になる決意をしたのに。
ほんとめんどくせえ。俺にはお前が必要だ?
自分勝手も大概にしろ、お前のコロコロ変わる気分に振り回される身にもなれ。
自分は何も間違ったことも悪いこともしてないみたいな顔しやがって。本当最悪な野郎。
でも、そんなアイツに求められて、何度でも夢を見る俺が一番最悪なんだ。
少し前はあんなに自分のゴールが欲しかったのに。
俺のパスで決めたアイツのゴールがこんなにも熱くて、バカみたいに高揚して、これ以上ないほど満たされる。
こんなの最悪で最高で、でもやっぱり最悪なんだろう。
それにはまだ気づかないままで。
誰しも『誰にも言えない秘密』がある。
寝坊してズル休みをしたとか、お菓子を万引きしたとか、オネショをしたとか、イジメに加担したとか。
——同性に恋をしたとか。
誰にも言えない秘密といっても程度はある。
俺にとってはこの恋を誰かに打ち明けるのは本当に誰にも言えない事だった。
だからこの秘密は墓まで持っていって、いつかあの世で会った時に実は俺お前のこと好きだったんだぜ、って笑い話にしようと思ってた。
思ってたのに。
なんの因果か恋をした男と結ばれ夜の営みなんかもして。
これ以上の幸せなんてないと感じている。
そう感じているからこそ、心の奥底の底を剥がした先にある形容し難い感情が頭へ一直線に語りかける。
また、置いていかれたらどうなっちゃうんだろうな。
分かりたくもない分かりきった答えを抱えて、今日もキスをする。
コイツがエスパーだったらいいのになんてバカなこと考えながら。
なぁ、今から俺と一緒に死んでくれないか。
なんて、こんな事、口が裂けても言えないんだけどな。
キスされて恍惚の表情を浮かべた愛しい人に見えないように後ろ手で何かを握りつぶした。