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4/6/2024, 2:20:04 PM

 ⸺ふ、と。
 あなたが離れていく。
 先ほどまで触れていた唇はほのかにあたたかくて、あなたの体温が確かにそこにあったことを肯定している。
 名残惜しさなんて微塵もなく離れたあなたの目は確かに私を捉えていて、その目を覗く私がひたすらに醜いものに思われた。
 きれいなあなたを穢らわしいものにしてしまったような気がして、無意識に言葉を紡いでいた。
 あなたは驚いたような目をして、それから優しく微笑んで、それから、それから。

 そうしてもう二度と、あなたの目を見ることはなかった。

11/15/2023, 4:42:06 PM

〇月✕日 くもり
こうえんのすみっこで子ねこをみつけた。ダンボールに入っていた。まっくろなねこだったから、わたしとおそろい。
家にかえってそのことを言うと、うちではかえないよって言われた。
子ねこがかぜをひくとわるいから、こうえんに行って、ダンボールの中にタオルを二まいしいてあげた。

〇月△日 はれ
子ねこはきょうもダンボールにいた。
ちいさなこえですこしだけニャーってないた。おなかがすいてるのかもしれない。
こうえんのすいどうから、りょう手で水をもって子ねこにあげた。水はすぐにこぼれちゃうから、なんかいも行ったりきたりした。
つかれたけど、子ねこがうれしそうだったからよかった。

〇月〇日 あめ
きょうのあさ、子ねこのところにいった。
子ねこはいなかった。
ダンボールもなかったから、たぶん、だれかがひろったんだとおもう。ちょっとかなしかったけど、こうえんはさむかったから、ひろわれてよかったねっておもうことにした。
またあいたいな。

△月✕日 はれ
となりのクラスの██ちゃんが、ねこをかっているらしい。
すてねこだったんだってみんなに言ってた。こうえんでひろったんだって。まっくろなねこだから、クロってなまえにしたみたい。
ねこをみたいみんなは、がっこうがおわってから██ちゃんの家にあそびに行くんだって。
わたしはなぜだか、██ちゃんのかおをみたくなくて、走って家にかえった。
そしてすこしだけ、██ちゃんのことがにがてになった。

11/14/2023, 1:33:10 PM

 秋の風はぬるかった。
 秋の空はぼんやり赤くて、日差しは冷たかった。陽の光を浴びていると指先が冷たくなってきたので、あわてて木陰に潜り込んだ。木の葉どうしのこすれる音がやけに静かでうるさかった。足元に落ちる影は、黄色と緑色でできたマーブル模様になっていた。
「にぎやかな夢だね」
 ヤツはいつもそう言って笑っていた。自分でさえ変だと呆れていたこの“夢”を、一度も馬鹿にすることはなかった。
「……変だよ、おまえ」
 不格好にカットされた梨をかじりながら呟いた。今日の梨は少し固くて、あまり甘くなかった。なかなか味わえないこの食感が新鮮でおもしろい。いつも、ふやけはじめた梨ばかり食べていたから。
 ひどいな、なんて眉を下げて笑う顔になぜだか腹が立って、梨をひと欠片、その口に放り込んだ。なにするんだよと文句が飛んできたが、知らん顔で外の景色に視線を移した。
 やわらかく吹き込んでくるのは、秋の風。
 秋の風は、少しだけ冷たかった。
 空は天まで高く青々としていて、差し込む日差しはあたたかい。木陰は爽やかな黒色で、木の葉の音はまるで子守唄のようなやさしさがあった。
 その情景から目を逸らし、またひとつ、梨をかじった。

10/24/2023, 3:59:46 PM

 言うはずじゃなかった。言わないでおきたかった。言ったってどうにもならないことを分かっていた。
 でも、口を塞ぐ前に、言葉が飛び出していた。
「——……」
 最初で最後の、僕からきみへのわがままだった。

10/18/2023, 2:57:21 PM

 見事な秋晴れだった。
 いつも眠っているあいつが久々に目を覚まして「外に出たい」なんて言うものだから、青々とした空の下、二人で敷地内を歩いて回った。
 暖かい陽気と心地よい風に包まれて、なんとも穏やかな時間だった。あまりにも気持ちの良い空だったから、あいつがまた眠ってしまわないかと不安になって、何回もその横顔を伺った。
「見すぎ」
 そう言って笑った顔が、幼い頃の面影と重なった。ああ、ちゃんと成長してるんだな。なんて、ジジくさいことを思ってしまってちょっと恥ずかしい。誤魔化すように、わざと大きく咳払いをした。
 明日も晴れたらいいね。そう言うと、あいつは少しきょとんとして、それから静かに微笑んだ。そうして空を見つめて、言葉少なに肯定した。
 青空には白い筋がひとつ、長く長く横たわっていた。

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