『明日の東京都の最高気温は、マイナス18℃を予想しています。各自、外に出ないようお願いします』
異常気象。いくら師走とはいえ、マイナス18℃は寒すぎる。
明日は吹雪になるそうだ。去年はこんなことなかったのに。
「戸締りはしっかりして、明日の分のご飯はいまのうちに買っておこう。明後日には晴れるはずだから……あ、念の為にお水も買っておこうかな。非常食になりそうなものもいくつか買っておこう」
重たい買い物袋を持って家に帰ると、室内なのに吐く息が白かった。
此処もきっと寒いんだ。
買ったものを片付けて、すぐにお風呂に入る。
温かい。生き返る。
肩まで浸かって数を数えた。この瞬間が至福の時だ。
ふかふかのバスタオルで濡れた身体を拭いて、下着を付けてパジャマを着る。
ふと、買ったはいいものの着ていないセーターがあることを思い出した。
普段は選ばない赤色のセーター。もこもこすぎて、なんとなく着るのを躊躇っていた。
でも。
「明日くらいは着てもいいかな」
誰に見せるわけでもないし、このまま着ないのは勿体ない。
買った時はセーターを服の上から当ててみただけだけど、似合うといいな。
異常気象。退屈な日常の中に、ちょっとした楽しみが出来た瞬間だった。
#43 セーター
「愛言葉を言いなさい」
「合言葉?」
「ちがう。愛言葉」
「合言葉なんて決めたっけ」
「ちがう。愛言葉」
「山と言ったら川みたいな」
「それは合言葉」
「うん。だから合言葉でしょ?」
「ちがう。愛言葉」
「んもうー。合言葉ってなんだよう」
「え、本当にわかんないの?」
「うん」
「私に愛してるって言いなさいよばか」
「え、あ、ああー。合言葉じゃなくて愛言葉か」
「言いなさいよばか」
「愛してるよ」
「きゃ」
#42 愛言葉
頭が痛い。文字が見えない。
それでも熱があるので帰りますなんて言えなくて、結局定時まで働いた。
バスで帰るか、自転車で帰るか。
明日のことを考えれば答えは明白だ。
自転車で帰ろう。
ただでさえ朝が早いのに、自転車を回収するためだけに明日の休日を費やすなんてむりだ。
明日は私が動けない。
そうなれば自転車は回収できない。
回収できなければ駐輪料金が跳ね上がる。
それはむりだ。財布が悲鳴をあげる。
自転車を漕ぐとフラフラした。
だいぶスピードが遅い。声に出してはあはあ、と言っている。
いったい何度熱があるのだろうか。帰ったらすぐにはからないと。
ようやく家に着くと熱をはかって笑ってしまう。
三十九度越えてるー。
初めての数値にそりゃ文字も見えないわと納得する。
そしてそのまま布団に入り、すぐに寝た。
熱が下がった頃に思うのだ。
誰も助けてくれなかったなって。
私の教育係のあの人も、私が(何を言ってるのか)わかりませんって言ったら冷たい反応だったし。
何度も文字を打ち間違えて、誰の目から見てもおかしかったと思うのに、誰も何も言ってくれなくて、定時までこれやってねって。
今思えば、あの会社はブラックだったのかな。
だって皆がいる前で上司が部下を叱咤するし、先輩達は皆、私が挨拶をしても無視してた。
だからきっとやめて正解。場所も遠かったしね。
あ、今はちゃんとした場所で働いてるよ。
皆優しくて仲がいいの。
だから今更惜しい人を失くしたなと思っても遅いのよ。
行かないでって、懇願されたって許してあげない。
だって貴方のとこのバイトさん、私のこと無視するんだもん。
いざって時も知らんぷりで仕事を押し付けて。
だからばいばい。
#41 行かないで
どこまでも続く青い空、白い雲、きみへの想い。
好きだって言ったよね。
僕の一生をきみに捧げるから、きみの一生を僕に頂戴って、言ったよね。
好きなら当たり前のことを言っただけ。
一分でも一秒でもきみから目を離したくない。
なのにどうして僕から逃げようとするの。
僕以外の男なんて見ないでよ。
誰そいつ。
クラスメイト?
知らないけど。
ねえ、僕達付き合ってもう長いんだしさ、そろそろきみの家族に僕を紹介してくれたっていいんじゃない?
きみを産んでくれたお母様、きみを育ててくれたお父様。
尊敬に値するお二人にご挨拶をさせてほしいんだ。
勿論、高級な菓子折りを用意する。
普段のきみの僕への態度も、他の男との逢瀬も、この日ばかりは目を瞑るから。
え、どうして会わせてくれないの?
付き合ってない?
誰と誰が?
え、え、何を言ってるの。
聞こえない、聞こえない。
え、付き合ってる人がいる?
僕じゃなくて?
は?
誰だよそいつ、連れてこいよ。
え、クラスメイト?
浮気じゃん。
僕という恋人がいながら、そんな奴と付き合ってるなんて。
浮気だ、浮気だ、浮気いいい。
あ、ねえ、ところでさ。
僕達付き合ってもう長いんだしさ、そろそろきみの家族に僕を紹介してくれたっていいんじゃない?
きみを産んでくれたお母様、きみを育ててくれたお父様。
尊敬に値するお二人にご挨拶をさせてほしいんだ。
勿論、高級な菓子折りを用意する。
普段のきみの僕への態度も、他の男との逢瀬も、この日ばかりは目を瞑るから。
え、どうして会わせてくれないの?
付き合ってない?
誰と誰が?
え、え、何を言ってるの。
聞こえない、聞こえない。
え、付き合ってる人がいる?
僕じゃなくて?
は?
誰だよそいつ、連れてこいよ。
え、クラスメイト?
浮気じゃん。
僕という恋人がいながら、そんな奴と付き合ってるなんて。
浮気だ、浮気だ、浮気いいい。
あ、ねえ、ところでさ。
僕達付き合ってもう長いんだしさ、そろそろきみの家族に僕を紹介してくれたっていいんじゃない?
#40 どこまでも続く青い空
私ときみは、赤い糸で繋がっている。
見えない糸は産まれた時からあって、歳を重ねていく度にきみとの距離が縮んでいく。
そうしてようやく会えた。私が高校一年生になった頃だ。
「やっと会えたね」
穏やかな風が吹く四月。桜の花弁が美しく舞っている。
最高のシチュエーションに、私の心は踊っていた。
風で乱れる髪を手で直しながら、私はきみに近付いていく。
きみは私に気が付くと、驚いたような顔をする。
私もだよ。
こんなところで会えるなんて思わなかった。
だけどもう大丈夫。私ときみは今日からずっと、一緒だよ。
そしてきみは口を開けると、開口一番私にこう言った。
「ごめんなさい。あの、どなたですか?」
#39 赤い糸