ねえあたし、きっと落ちると思ったよ。
出会った瞬間からキラキラしてた。
だけどさぁ、落ちたらさぁ、きっとつらいよねえ。
だってどうみたってあのふたりは両想いで邪魔者はあたし。
邪魔しないであげてほしいの。
あたしはこの距離のまま。
これ以上はだめ。
大丈夫。
あたしきっとまた落ちるよ。
貴方じゃない誰かに。
#34 落下
1年前の今日。きみはまだ十八歳で、僕が十九歳だった頃。
駅前のナナ公前で誰かを待ち続けるきみを僕が見つけたね。
寒い中、何分待ってもこなくてきみは結局帰ったよね。
僕はずっと見ていたよ。
可哀想に。すっぽかされて可哀想に。
そんなに携帯ばかり気にしてさ。くるわけないのに気にしてさ。
僕はずっと見ていたよ。
温かい場所でずっとね。
いつまでそこにいるのかなって。きみからの連絡に気付かないふりしてにこにこと。
僕のことが大好きだったきみ。すっぽかされて可哀想に。
#33 1年前
「僕、この本がほしいです」
「あ……えと。それ、売りものじゃないです」
「え、非売品なんですか? どうして?」
「失敗作だから……です」
「在庫はないんですか?」
「はい」
「ならやっぱり。世界にひとつしかないこの本、僕にください」
「え……どうして」
「好きなんです、僕」
「ひゃ」
「この本が」
「あ……ああ……この、本が」
……
あの時貰ってくれた本。今も読んでくれているのかな。
#32 好きな本
「なんだか雨が降りそうだね」
「んー」
学校の図書室の窓から外を見て天気の心配をする僕。
彼女はスマホ画面を見ながら曖昧な返事をする。
興味……ないんだろうな。
僕にも天気にも。
「今日から梅雨入りだって」
「あ、そうなんだ。なら明日から折りたたみ傘もってこないとね」
「折りたたみ傘? 大きな傘じゃなくて?」
「折りたたみ傘と、大きい傘。ふたつとも持っていくよ」
「ふたつもいらなくない?」
「うん。でも、きみが傘忘れるといけないから」
うん。なんか今、恥ずかしいこと言ったかも。
梅雨入りだって分かってるんだから、傘忘れるはずないじゃんか。
「……今日、傘ないけど」
「え?」
「今日は傘、持ってないの?」
「えっと……折りたたみ傘しかない……かな」
「じゃあそれでいいよ」
「え」
「雨、降ってきた。早く帰ろう」
僕に興味があるのかないのか曖昧な態度。
「あ、晴れた」
この空と彼女はとても似ている。
#31 あいまいな空
昔読んだ本にあった、世界の終わりの話。
人類は遂に滅亡する。その瞬間まであと数時間。
例えばテレビの右下にあるワイプ画面。例えば街中にある大きなモニター。例えば選挙カーで演説するかの如く、「世界滅亡まであと○時間!」などと語る者。
世界中のありとあらゆるもの達が、世界の終わりまでのカウントダウンをする。
意識せざるを得ない環境に皆、不安を抱えたまま最期の時を過ごしている。
そして主人公である僕は何も出来ないまま、無事に最期の時を経て……。
「悲しい話だよね」
「そう……だね」
救いようのない話。起承転結が成り立たない話。
本の内容としては破綻しているが、実際にこうなればまあこんなものだろう。
実に現実的で面白い。
「明日人類が滅亡するとしたら、貴方はどう過ごしますか」
それはこの本の最初と最後に記載されていた言葉だ。
僕ならきっと、こうするだろう。
「きみに告白して塵となる……おわり」
言葉に抑揚を付けずに真顔で淡々と。
反応が怖くて思わず彼女に背を向ける。
沈黙が長い。
世界の滅亡など待たずにして今すぐ塵となりたい。
「……それは冗談ですか?」
「いいえ……いいえ……」
二度目のいいえは流石に力が入ってしまう。
お願いだから僕を見ないで。
近付いてくる足音にぎゅっと目を瞑りながら、僕はそんなことを思っていた。
#30 世界の終わりに君と