◎元気かな
#64
「どこダ……何処いっタ……」
「……」
今日も今日とてしつこい輩を撒き、
ビルの屋上に立って眼下の街を見下ろす。
夜の権力者による"狩り"が続く街中からは
断末魔の叫びが聞こえてきた。
最早、日常と化した地獄を見つめながら
薄汚れたコートの内からライターを取り出し、しわくちゃになった煙草に火をつける。
喧騒の中に混じる死のにおいと紫煙を
深く吸って味わった。
ドブネズミのように逃げ隠れする日々で、
これだけが唯一の楽しみだ。
「明日はどこで食いもん探すかね……。
──誰だ」
微かな物音を拾い、警戒態勢をとる。
「待って待って!俺も人間だ!」
物陰から現れた先客は疲れた笑顔を
こちらに向けた。
「あはは、えーーと、元気?俺は、うん、見てのとおり疲れてる」
「アンタの縄張りだったのか、邪魔したな」
「あーーっ待って!久々に生きてる人間に会えたんだ。ゆっくりしていってくれよ」
男は右足をさすって苦笑した。
どうやら怪我をしているらしい。
「アンタ、運が良いな。その足で生き残ってるとは余程の豪運だ」
「まる2日は動けてないんだ。奴らに見つからなくて本当にラッキーだったよ」
いつ見つかるか知れない恐怖に耐えていた男は顔色が良くない。
今にも倒れてしまいそうだった。
「今夜は共にいてくれないか、煙草くん」
「良いぜ、おっさん。袖触れ合うも他生の縁っていうしな」
◎好きだよ
#63
「てるちゃんっていつも絵を描いてるよね」
「そうだねぇ、趣味としては好きなんだよねー」
机の横に張り付いて、
紙に向き合うてるちゃんをじっと眺める。
絵のことはよくわからないけど、
てるちゃんの描く絵は好きだ。
模様がくるくる渦巻いて
中心にいるキャラクターを装飾していく、
その過程もずっと見ていられる。
ただの線がいつの間にか形を持つ様子が
面白くて、てるちゃんの机の横が僕の
定位置になっていた。
「好きだなぁ」
「そう?なら、あげようか?」
「え、いいの?やった!」
僕も絵、描いてみようかな。
◎桜
#62
花弁を巻き上げて遊ぶ風の背を撫でて
どこから来たかを問えばくすくす笑われ
髪を弄ばれた。
やり返そうにも手は空を切る。
そうやってひとり、風と戯れていると
いつしか満開の桜の古木に行き着いた。
風はいつの間にやら去っていた。
苔むした幹に手を当てて耳をすませば
か細い声が微かに届いた。
──時が、きた
驚いて体を引き離すと、
風もないのに花弁が一斉に吹き飛び
びいどろのようにしゃらしゃらと煌めいて辺りに舞い落ちた。
花弁の嵐の中、
古木は跡形もなく消えていた。
◎君と
#61
君に手を伸ばす。
君の喉に手をかける。
僕は君で、君は僕。
顔が同じ僕ら。
魂までも同じ。
君の喜びは僕の喜び。
君の怒りは僕の怒り。
君の哀しみは僕の哀しみ。
君の楽しみは僕の楽しみ。
だから、
君の罪も僕の罪にしよう。
おやすみ。良い夢を。
僕が、君の悪夢と苦しみを奪うから。
僕が、君と君の罪を背負って生きるから。
◎空に向かって
#60
空に向かって人差し指をたてる。
自分が何よりも一番に相応しいと
主張する。
君は見上げるか、頂きを。
君は超えられるか、世界を。
これより上へと登っていけるか。
迷え、進め。
誰も見たことのない景色を目指せ。
その他があるからこそ一番は輝く。
だが、輝きは一つではない。
現状を打破し更に増した輝きで
人々を魅せよ。
それこそが空を目指す我々人類の
進化である。