◎海へ
青と青に挟まれた場所で、仲間が声を張り上げた。
「島だ!島が見えたぞ!」
久々の陸は大きな港を開いて沢山の船を迎え入れている。
大きな時計塔が印象的なその港町は祭りでも催しているのか、遠目から見ても賑やかだった。
「立派な町だ。面白い情報があると良いんだが」
海風が、男の声をカモメと共に何処かに運んで行く。
男は世界中の話を集めるのが好きだった。男だけではない。その船の仲間は皆、物語や伝説、伝承などが大好きな者たちばかりだ。
近海の怪物の噂だとか最近の大捕物だとかその島ならではの伝承だって良い。
そういう事物をノートに纏めたらまた海に繰り出して次の島を目指すのだ。
物語に対してそれぞれの想いを抱えながらわざわざ海へと飛び出した男たちは、物語と並び立つほどに海が好きだった。
「さぁ、野郎共!この海に捧げる、自分だけの物語をつくる準備はいいか?」
「おぉーー!!」
海のため、この世で唯一つの本を作ろうと掲げた旗の下に集った者たちが、空へと拳を突き上げた。
◎鏡
王国の広場には、夜中0時に質問を投げかければ正確な答えを教えてくれる鏡があった。
夜な夜な国民が訪れては質問をしていく。
「鏡よ鏡───」
***
某日男が訪れてこう言った。
「この世で一番の、不良物件は俺ですかぁ?」
『彼女と喧嘩をしたのだな。答えは──』
「いや、待って」
『……なんだ』
「俺にだって言い分ってのがあるんだよ!」
『私は質問に答える鏡だ。愚痴なら他所に行って───』
「アイツさぁ!家でさぁ!俺の許可もなくマンドラゴラ植えてて───」
『憲兵さーん!』
***
某日少女が訪れてこう言った。
「ねぇねぇ、アタシね!学校に行きたくないの!先生ったらね!男の子にばっかり───」
『……質問は?』
「無いわよ!そんなことよりね───」
『憲兵さんとか親には黙っててあげるから!早く帰りなさい!!』
「嫌よ!折角夜のお外に出れたのに!もったいないわ!」
『夜のお外は危険なの!!』
***
某日老婆が訪れてこう言った。
「じいさん……」
『……』
「じいさん……」
『……』
「……じいさん」
『……』
「おや、じいさん。口がついてるってのに返事もないのかい?そろそろあたしの杖が火を吹くよ?」
『いや!【鏡よ鏡】くらい言えよ!!』
「おや、返事できるじゃないか。まったく、じいさんったらモウロクしちゃって……」
『アンタもな!』
「あ゛?なんか言ったかい!?」
『あ゛ぁ゛ーー!なにも!なにもない!』
「そうかい。次なんか悪く言ったらぶっ叩くからね」
『もう嫌だぁ!憲兵さぁーん!!』
***
某日以下略。
(おや、今日は誰も来ないな?)
「鏡よ鏡……」
(憲兵さんじゃないか)
「アンタが鏡に乗り移った悪魔だってのは本当なのか?」
『……答えは”そう”だ。神の怒りに触れたために封印されている』
「そこまで聞いてないぜ?」
『……口が滑った』
「ははっ、前から思ってたがアンタ随分と人間らしいな」
『人間らしいだと?私がか?』
「なんだ、自分のことはわからないのか?」
『……”そう”だな』
「なら、封印の解き方もわからないのか?」
『”わかる”。だが、協力者が必要なのでな。無理な話だ。』
「ふぅん。……じゃあ、協力してやろうか」
『……何を期待している?』
憲兵を満月が照らす。
鏡───悪魔は目を見開いた。
その表情に、目を奪われた。
「解放したらさ……俺の旅の相棒になってよ」
『憲兵さん……さては貴様阿呆だな?』
「駄目なのか!?」
『ハァ……せめて、【自分を殺さないこと】くらい条件として提示しろ!悪魔との取引なんだぞ!?』
「えぇ……じゃあ、俺を殺さないこと。それと、俺の旅の相棒になること。これでどうだ!」
『本当にそれで良いのか……?まぁ、良いだろう。契約成立だ!手を差し出せ!』
憲兵が鏡に手を添えると表面が波打ち始める。
いつの間にやら憲兵の姿を映さなくなった鏡の奥に人影が映った。
徐々に近づいて来るその人影は、紅い目をギラリと光らせると憲兵を押し倒してその姿を現した。
「ぅおわっ」
『ふふ、はははっ!久々の外界だ!』
悪魔は立ち上がり体を伸ばす。
『憲兵さん、良くぞ解放してくれた!私の名はセトゥ。セトとでも呼ぶといい。』
「そうかセト、よろしくな。俺はハルスだ。憲兵は辞めるからそう呼んでくれ」
二人は笑い合い、満月の下を歩く。
ひび割れた古い鏡はその後ろ姿を鏡面に映し出していた。
◎いつまでも捨てられないもの
あっ、懐かしーー!
そうそうこれ、俺が幼稚園の運動会で初めて1位取ったときのメダルなんだよなー!
おっ、そっちのは高校の体育祭のリレーで撮られた写真だな!
ははっ、やっべー!ひでえ顔w
白目むいてんじゃんwww
んん?こんなのあったっけか?
あっメモ貼ってる……
へぇー、クラスの皆で編んだミサンガ……
手紙もある……
……あーコレ、
俺が居なかったときのやつか
『早く戻って来い イサム』
『また一緒に走ろうぜ タイチ』
『クラスが静かだからかなり過ごしやすいけど、つまらない。早くいつもみたく騒いでよ。また叱ってあげる。 マキ』
『骨折ったくらいで入院、長すぎでしょ。悪い子だなぁ。 カレン』
・
・
・
・
あー……駄目だこれ
目が見えん……
うわ、泣くなよ、母さん!
あーあー……
捨てちまえば楽だろうにさ
十年以上前だぜ?
そろそろ忘れて生きてくれよ
俺もまだ忘れられたくないけど、
泣かれるほうがもっと嫌だよ
まーた、
そうやって後生大事にとっておいて……
苦しいのは母さんだろ……
──いつまで捨ててもらえないんだろうな
◎誇らしさ
今年10歳になる少女は今、
誇らしさに満ち満ちていた。
なぜなら少女の額に、
同年代の子たちの中では一番早くに
小さな”つの”が浮き出てきたからだ。
産まれた時からある額のこぶが尖り始めて
”つの”になると、先端に色がつく。
その色によって使える妖術の種類が決まるため、里の皆で宴を催してその瞬間を待つのだ。
綺麗な服に身を包み、宴の準備の様子を友達と一緒に見てまわる。
蛙の姿焼き、干しザクロ、
イワシの味噌漬け、ぶどうの酒煮……など
御馳走が作られていく。
鬼灯の中に火の玉を入れて、辺りが明るく照らされていく。
太鼓の音が鳴ったら始まりの合図だ。
───がさり
藪の中で何かが動いた。
「誰かいるの?」
声をかけると少女より少し体の大きな男の子が顔を出した。
何故かその顔に違和感を感じてじっと凝視する。
「あっ!」
男の子には”つの”が無かった。
こぶも無かった。
男の子は少し恥ずかしそうに、持っていた包みを差し出した。
「これ、山の向こうの、俺の村からの
お祝い、です。おめでとうございます」
頑張って練習してきたであろう敬語はたどたどしくて、少し面白かった。
「ありがとう」
少女が包みを受け取ると男の子は踵を返そうとした。
「あ、まって!」
少女は着物の裾を掴んで男の子を引き留めた。
「折角来てくれたんだから、一緒に御馳走を食べようよ」
「で、でも、鬼人様。それは、ぶ、ぶ……無礼ではないのか……ですか?」
「誘いを断るほうが無礼じゃない?」
そう言って笑うと男の子もつられて笑顔になった。
少女は裾から手を離し、今度は男の子の手をしっかり握る。
「人間の子どもでも食べれるものを用意してもらうわ。だって、今日は私が主役だもの!」
「……へへっ、やったあ……です」
頬を鬼灯に赤く照らされながら
二人は歩きだした。
数年後、
桜舞う頃に
鬼人の里から山向こうの村まで
賑やかな花嫁行列ができるのは
また別のお話。
◎心の健康
綺麗なものとか、
美味しいものとか、
好きな音楽とか、
心の健康を保つのに有用な事物は沢山ある。
帰郷も良いよね。
一年に一度、
お盆のときはいろんな人が
それぞれもと居た場所へ帰って
親、祖父母へ顔を見せる。
有限で長い時間の中で心の健康を保つのは
大変だけど、
保つ為の健康療法は
楽しいと思えるんだよね。