◎鏡
王国の広場には、夜中0時に質問を投げかければ正確な答えを教えてくれる鏡があった。
夜な夜な国民が訪れては質問をしていく。
「鏡よ鏡───」
***
某日男が訪れてこう言った。
「この世で一番の、不良物件は俺ですかぁ?」
『彼女と喧嘩をしたのだな。答えは──』
「いや、待って」
『……なんだ』
「俺にだって言い分ってのがあるんだよ!」
『私は質問に答える鏡だ。愚痴なら他所に行って───』
「アイツさぁ!家でさぁ!俺の許可もなくマンドラゴラ植えてて───」
『憲兵さーん!』
***
某日少女が訪れてこう言った。
「ねぇねぇ、アタシね!学校に行きたくないの!先生ったらね!男の子にばっかり───」
『……質問は?』
「無いわよ!そんなことよりね───」
『憲兵さんとか親には黙っててあげるから!早く帰りなさい!!』
「嫌よ!折角夜のお外に出れたのに!もったいないわ!」
『夜のお外は危険なの!!』
***
某日老婆が訪れてこう言った。
「じいさん……」
『……』
「じいさん……」
『……』
「……じいさん」
『……』
「おや、じいさん。口がついてるってのに返事もないのかい?そろそろあたしの杖が火を吹くよ?」
『いや!【鏡よ鏡】くらい言えよ!!』
「おや、返事できるじゃないか。まったく、じいさんったらモウロクしちゃって……」
『アンタもな!』
「あ゛?なんか言ったかい!?」
『あ゛ぁ゛ーー!なにも!なにもない!』
「そうかい。次なんか悪く言ったらぶっ叩くからね」
『もう嫌だぁ!憲兵さぁーん!!』
***
某日以下略。
(おや、今日は誰も来ないな?)
「鏡よ鏡……」
(憲兵さんじゃないか)
「アンタが鏡に乗り移った悪魔だってのは本当なのか?」
『……答えは”そう”だ。神の怒りに触れたために封印されている』
「そこまで聞いてないぜ?」
『……口が滑った』
「ははっ、前から思ってたがアンタ随分と人間らしいな」
『人間らしいだと?私がか?』
「なんだ、自分のことはわからないのか?」
『……”そう”だな』
「なら、封印の解き方もわからないのか?」
『”わかる”。だが、協力者が必要なのでな。無理な話だ。』
「ふぅん。……じゃあ、協力してやろうか」
『……何を期待している?』
憲兵を満月が照らす。
鏡───悪魔は目を見開いた。
その表情に、目を奪われた。
「解放したらさ……俺の旅の相棒になってよ」
『憲兵さん……さては貴様阿呆だな?』
「駄目なのか!?」
『ハァ……せめて、【自分を殺さないこと】くらい条件として提示しろ!悪魔との取引なんだぞ!?』
「えぇ……じゃあ、俺を殺さないこと。それと、俺の旅の相棒になること。これでどうだ!」
『本当にそれで良いのか……?まぁ、良いだろう。契約成立だ!手を差し出せ!』
憲兵が鏡に手を添えると表面が波打ち始める。
いつの間にやら憲兵の姿を映さなくなった鏡の奥に人影が映った。
徐々に近づいて来るその人影は、紅い目をギラリと光らせると憲兵を押し倒してその姿を現した。
「ぅおわっ」
『ふふ、はははっ!久々の外界だ!』
悪魔は立ち上がり体を伸ばす。
『憲兵さん、良くぞ解放してくれた!私の名はセトゥ。セトとでも呼ぶといい。』
「そうかセト、よろしくな。俺はハルスだ。憲兵は辞めるからそう呼んでくれ」
二人は笑い合い、満月の下を歩く。
ひび割れた古い鏡はその後ろ姿を鏡面に映し出していた。
8/19/2024, 2:12:35 AM