「踊りませんか?」
よく晴れた公園の昼下がり。
ベンチに座っていると隣の彼女は思い付いたと言いたげに右手を胸に当てて、左手を差し出す。
「普通は夜に言わない」
中々踊る気にならないので、得意げに鼻を鳴らすその顔を見つめながら問う。
俗に言うムードが無いのだ。
「明るくなきゃ意味ないんだよ」
やれやれとわざとらしく答えられた。
雰囲気なんて求めたのが間違いかもしれない。
立ち上がる気も無くなったので座り直すと、ジャリと地面とローファーの擦れる音が聞こえた。
「なんで?」
ロマンチストも言われるだろうが、星空に照らされて踊るのが最適解だと考えている。
その為、昼間である事に価値を見出せなかった。
「そりゃもう、君の顔を見つめられるから」
なるほど、これはロマンチストだ。
そう思った私は手を取って立ち上がる。
四月とはなんて素敵な響きだろう。
新しい出会いに暖かい日差しに胸が高鳴る。
今にでも踊り出したくなる気持ちで、脚に羽が生えた様に軽やかに感じた。
こんなに良い気分は久しぶりだ。
これは何でも上手くいく。上手くいって欲しい。
もうこんな生活は散々だ。
嫌気が刺して無理矢理動かした脚はもう感覚がない。
何でも良い、何でも良いから早くこの四月を終わらせたいんだ。
梅雨でも良い、夏でも良いから次の季節に進みたい。
私は飛び出す。このループを終わらす為に。
補足,上下どちらからも読めます。
「スマイル下さい」
出た。率直な感想はそれで、安易な上に馬鹿らしいと私は営業中なのを忘れて眉間に皺を寄せた。
目の前の男はお世辞にも綺麗とは言えないくたびれたスーツに無造作な髪で目の下に出来た隈がよく似合う風貌だった。
あまりに可哀想な姿だから、優しくしてあげようと思う人が出そうな出立ち。だから私は異様に腹が立った。
そのとても疲れてますと言わんばかりな雰囲気に、私が感じる疲労を上回る様に示されては自身を根性無しの短気だと言われているみたいではないか。
「やっぱり駄目ですよね」
不快感を与える引き攣った笑顔を作りながら男は言う。
やっぱりって何だ。なら聞くな。
言いたい。今すぐに罵りたい。
そんな気持ちをグッと抑えて、落ち着かせる様に息を吐いた。そして吸った。もうこれでもかと言うほど。
その行動に、男が目を見開いて驚いたのに気付いたが、そんな事はどうでもいい。
「お客様が笑って頂かなければ笑えません」
にこりともせずにはっきりと告げる。
目が飛び出るのかと言うほど、これでもかと見開いて男は全身で驚きを表現した。
こうして見ると意外と幼く感じる容姿だ。
「そっちの方がまだスマイル渡せます」
その様子に何だか安心して、自然と肩の力が抜けた。
案外短気なのは事実かもしれない。少しだけ反省する。
「あ、ありがとうございます」
先程の無理矢理作った笑顔とは違って、ゆるゆると上がる口角が徐々に広がり私も微笑む。
何か張り詰めた物が溶けた様な、そんな感じで丸まった背中が伸びていくのが面白い。多分、観葉植物とか育てているとこう言う成長がある気がする。
照れくさそうに笑いながら、泣きそうになる男を見ながら私は言った。
「ご注文お願いします」
まだ何にも始まっていないから。
ああしたい、こうしたいって夢の形は残ってるはずなのにもう綺麗に向かうには途方も無く遠い道のりの様に感じてしまう。
もっと綺麗に出来たはずなのに、その程度の好意だったんだなと思って割り切る術ではない事が分かると気が狂う様に泣いてしまう。
何かの成果をあなたに届けたい。
自慢できる様にしたい。
それだけの為に生きてたからこれ以上の価値は見定められない。ああ、虚しい。生きた心地がしない。
本当に辛い。
悲しくて仕方ない。
いつもと同じ、変わらない言葉が延々と繰り返される。
端々に散りばめられた心の声に耳を傾けても、何が原因でこうなったのかは解決の糸口が掴めない。
「生きてれば良い事があるよ」
優しさで言われた言葉を何度も飲み込んでも最後には喉の奥が焼けるように暑くなって吐き出してしまう。
そんな事より、ただずっと、死にたい気持ちを殺して欲しく無かっただけなのだろう。