見てて

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「スマイル下さい」
出た。率直な感想はそれで、安易な上に馬鹿らしいと私は営業中なのを忘れて眉間に皺を寄せた。
目の前の男はお世辞にも綺麗とは言えないくたびれたスーツに無造作な髪で目の下に出来た隈がよく似合う風貌だった。
あまりに可哀想な姿だから、優しくしてあげようと思う人が出そうな出立ち。だから私は異様に腹が立った。
そのとても疲れてますと言わんばかりな雰囲気に、私が感じる疲労を上回る様に示されては自身を根性無しの短気だと言われているみたいではないか。
「やっぱり駄目ですよね」
不快感を与える引き攣った笑顔を作りながら男は言う。
やっぱりって何だ。なら聞くな。
言いたい。今すぐに罵りたい。
そんな気持ちをグッと抑えて、落ち着かせる様に息を吐いた。そして吸った。もうこれでもかと言うほど。
その行動に、男が目を見開いて驚いたのに気付いたが、そんな事はどうでもいい。
「お客様が笑って頂かなければ笑えません」
にこりともせずにはっきりと告げる。
目が飛び出るのかと言うほど、これでもかと見開いて男は全身で驚きを表現した。
こうして見ると意外と幼く感じる容姿だ。
「そっちの方がまだスマイル渡せます」
その様子に何だか安心して、自然と肩の力が抜けた。
案外短気なのは事実かもしれない。少しだけ反省する。
「あ、ありがとうございます」
先程の無理矢理作った笑顔とは違って、ゆるゆると上がる口角が徐々に広がり私も微笑む。
何か張り詰めた物が溶けた様な、そんな感じで丸まった背中が伸びていくのが面白い。多分、観葉植物とか育てているとこう言う成長がある気がする。
照れくさそうに笑いながら、泣きそうになる男を見ながら私は言った。
「ご注文お願いします」
まだ何にも始まっていないから。

2/9/2024, 10:14:23 AM