オレ、襟尾純の刑事としての誇らしさは、やっぱりボスと働いてる点だ。
オレが刑事として働くモチベーションの一つであるボスは、インテリダンディ、肉体の逞しさ、愛嬌など、数え切れないほどの魅力が詰まっている。そんなボスにオレがお供としてついていけるなんて夢にも見てなかった。
そんなボスをオレは、死なせまいと毎日トレーニングに励む。なんて生きがいのある毎日なのか!
「今日は、ちょっと遅くなりすぎましたね」
「おう、すっかり眠くなっちまったな」
2人はゆったりとした足取りで冷めきったコンクリートの上を歩いていた。津詰の方は大きな口を開けて、欠伸をした。
しばらく歩いたところで目の前に橋が差し掛かった。
津詰は橋の名前を見ると立ち止まった。
「どうしたんですか?ボス」
「あぁ、いやなんでもない」
橋名板には"駒形橋"とあった。
「この橋の上からじゃ海なんか到底見えませんけど、夜の海ってどんな感じなんでしょうね」
「夜の海はブラックホールみたいなもんだな。入ると結構流されることがたまにあるんだってよ。そのせいで、毎年夜の海に入った人が沖に流される事故が結構あるんだな、これが」
「じゃあ、今度一緒に行きません?夜の海」
「なんでそうなるんだよ。話の流れ的に行かないってなるだろ、普通」
「いやぁ、ブラックホールならオレがボスと一緒に入ったらずっと一緒に居れるじゃないですか」
「俺を殺す気か」
「まぁ、冗談ですよ。そんな事しなくてもオレたちはずっと一緒ですからね」
襟尾は片手にビラを持ってデスク横のソファで寝転がっている津詰に近寄った。
「ねぇ、ボス、さっき昼飯食べに外でたら、こんなチラシ貰っちゃって、見てくださいよ」
「ん、見せてみろ、……なんつうもん持ってきたんだだ、こんなでっかいプリンアラモード見たことないぞ。というか、甘いもん食べたくなってきちまった」
津詰はそういうとポケットに入っていた飴を舐め始めた。
「ボス、やっぱり甘いもの好きですよね!今度食べに行きましょ!」
「俺を早死させたいのか。……まぁお前さんがそんなに行きたいなら、ついて行ってやってもいいぞ」
「またまた〜、ホントはボス、食べたいんでしょ」
「そんなことはないっ!絶対だ」
津詰の見え見えの逆張りは襟尾には当たり前にお見通しだった。
「でも、最近ボス、ちょっとお腹周り、大きくないですか?」
襟尾は津詰の耳元に口を近づけて言った。
「ギクっ」
「セルフ効果音?そんなに気にしてます?」
「痛いところ突くなよー、俺だって甘いもん食べないように、我慢しようとしてんだ」
「しようとしてるだけですよね?……じゃあ、こうしませんか?これ、売ってる店までここら辺からちょっと離れてるじゃないですか。一緒にチャリ漕いで行きましょうよ」
「自転車……最近走るだけでも辛いってのによぉ、自転車なんて、無理に決まってるんだろ」
「チャリ漕いだら、お腹、キュってしますよ」
「うっ……だぁ!しゃあない!エリオ、チャリ漕ぐぞ!」
「そう来なくっちゃですよ!ボス!」
「気持ちいいですね!ボス!」
「エリオぉー、待ってくれぇー、若いやつは早すぎんだよぉ」
「ボスの耄碌もだいぶキテますね、こりゃ若返らせなきゃ」
「俺は、まだ、耄碌なんか、して、ねぇぞ……」
「もうちょっとで着きますよ、頑張ってください!」
どこかで読んだ文章に、病気はその人の性格を表すものであって、ある物質を除去したり、物質を加えることは本来の治療にはならない、自然治癒、自分自身で治療することが治療のネイチャーだ、がという記述があった。今回のお題の「心の健康」にもこれが当てはまるんじゃないかって思う。
メンタルが強い、弱い、我慢強い、っていうのはその人自身の個性だから、それを他人によって変える必要は無いし、病んじゃった時も、自分なりの治療法で治すことが大事。
「ボスって、楽器経験とかあるんですか??」
「俺が器用に楽器なんか扱えるように見えるか?」
「ですよね〜、わかってました」
「そう言われると、くるものがあるな……」
「でも、ボスが楽器演奏してるところ見てみたいんだよな〜………サックスとか吹けたらかっこいいんだろうなぁ〜」
(楽器か……こんな歳だけど試すのも悪くないかも)