雨の日、傘の中では
人の声はより美しく聴こえる
雨粒に音声の波は反射され
傘の中で共鳴する。
…これは何処で仕入れた知識だったか?
生憎、何処からかは忘れてしまったが
確かな情報には違いなく愛しい者へ
叫びたくなる程の想いを伝えるなら
私は共に傘を差す空間が好ましい。
折角の君から芽吹いた愛なのだから
初心にせっつかれ、幼く叫ぶよりも
確実に 着実に 聞き入れてもらえるよう
その耳元へ口を寄せ、囁き掛けたいと
狡い大人の見本としては
そう 考えてしまうんだよ。
愛に飽和した霧雨の先に
綺麗な月も浮んだならば
私はもう 死んでもいい
なんて、少し遊び心も添えてみよう。
ー 愛を叫ぶ ー
越冬を終え、蛹化から目覚め
草花が揺れる啓蟄の日々の中
明るい色の花々へ口を付けては喜び
白い翅に垂らされた黒い袖紋を
ゆるりゆるりと優雅に振るっている
菜の花畑を漂う白無垢姿の蝶達は
気紛れに花を摘む人の手へ留まり
翅を休め、身支度を整えている
時折、空と草の色を混ぜた様な
優しい色合いの丸い瞳と目が合う
細やかな体毛にも埋もれぬ零れそうな瞳は
人間が纏う宝石にも似た存在感を放っていた。
この春を謳歌する貴婦人や紳士と
先の未来でも、また出逢えますよう…
そして、この美しい翅が
どうか他者に毟られませんよう…
そんな祈りを込めて、近くの花へと
その身をそっと帰したのだった。
ー モンシロチョウ ー
学生の頃、帰路の最中
暑い夏の日に熱中症で倒れかけ
古臭い喫茶店のマスターに助けられた事があった。
そこのマスターは偏屈な人で客を乱雑に扱ってた
私もバイトでもないのによく店を手伝わされたよ。
競馬新聞ばかり読んで昼行燈な人だったが
あの人の珈琲は、どれだけ忙しい日でも
棘の無い爽やかな酸味や後に連なる柔らかな苦味
香り高く立ち昇る湯気一つも揺らぐ事は無かった。
一度、気になって質問した時は人が変わった様に
懇切丁寧に淹れ方を教えてはくれたが…
客に出すのは店主の珈琲だけと頑なに譲らず
私は軽食や片付けだけを手伝わされていた。
忘れられないんだ、カウンター越しのアンタが
憎まれ口の後に続く、あのほろ苦い香りが…
だから、アンタが辞めた後でも
私はがむしゃらに探してしまう。
あの古臭い喫茶店の心地好い空間や
私を呼ぶ声が、ふいに聴こえやしないかって
今でも、ずっとさ。
ー 忘れられない、いつまでも。 ー
いつか他人事になる未来
今じゃ鮮明には想い描けない先の事
その時になって今を振り返る頃には
そんな事もあったなぁ なんて
きっと、スワンプマンが笑うだろう
記憶を引き継いだ沼男が
私の形相で一年後の未来の中
人知れず、その違いを嗤うのだ。
ー 一年後 ー
初めても恋も目視出来ぬあやふやなモノだ
そして、そんな事柄さえ定義したがるのは人だけだ
いつ始まったのかが、そんなに重要だろうか?
何もかもを関連付けたがるのは
知性の悪癖ではないと
君は断言できるだろうか?
疑問の方が勝ってしまい
お題には添えず終いだが…
今日の所は、お目溢しいただきたいね。
ー 初恋の日 ー