「また来年も一緒に見に来ようね!」
目の前を埋め尽くす光の洪水に負けない笑顔で彼女は微笑んだ。
−− 一昨年の話だ。
……去年は結局彼女と一緒に来ることは叶わなかった。
「綺麗だね。また来年も見に来よう」
今は荷物が載っているベビーカーを押しながら、隣を歩く二人に言った。
二対の瞳に反射した光はどの灯りよりもきれいだった。
/「イルミネーション」
「また明日」と言う僕に、あの日の君は下手くそな笑顔で答えた。
/「喪失感」
いつからだろう、君を見かけると速くなるようになったのは。
/「胸の鼓動」
「ちょっとそこまで、付き合ってくれない?」
車の鍵を指でくるくる弄びながら君が気安く言うから、コンビニにでも行くのかと思ってホイホイついて行った自分を叱ってやりたい。
午前二時、自分はなぜか浜辺にいる。たしかに目的地は訊かなかった。昼間の気疲れのせいで即寝落ちした自分に落ち度がなかったとは言えない。
聞こえるのは波が打ち寄せる静かな音、自分の心臓の鼓動、隣の友人のため息。
「また、駄目だったんだよねぇ〜」
「……今年も迎えに来てもらえなかった」
他界した彼女の迎えを盆が来るたびにこいつは待っている。
「待つなら一人で待て。俺を巻き込むんじゃない」
幸せな二人を横に独りの自分はどうすればいいのか、想像しただけで居たたまれない。
「あいつが楽しみにしていた作品の新作、15年ぶりに公開するんだろ?見てから伝えたほうが喜ぶんじゃないか?」
なんとかこいつを繋ぎ止めようとする自分はさぞ滑稽だろう。
/「夜の海」
「では、今期の女子の学級委員は〇〇さんにお願いしたいと思います」
ああ、やはり。成績も運動も愛嬌もいい、非の打ち所なんてこれっぽっちもないあの子に満場一致で決まった。
「男子は?誰か立候補いませんか?」
手が挙がる気配はない。眩しい太陽には近づき過ぎるとあっという間に蒸発してしまう。隣に並ぶ度胸がある男子などこの狭い教室にはいない。
「先生!私が指名してもいいですか?」
彼女の声はよく通る。
教室がざわつく。彼女が指名するパートナーは一体誰なのだろうか、と。彼女に選ばれる男子は誰か。ひょっとして自分が選ばれるのではないか。男子の淡い期待が目に見えるようだ。
「ねぇ、一緒にやろうよ!□□さん!」
彼女の真っ直ぐな眼に私は射抜かれ、クラスメイトの視線が一斉に突き刺さる。
「え、わ、わたし……?」
いやいや、おかしいだろ。男子の学級委員を選ぶのではなかったか。生まれてこのかた、女子として生きてきたし、男子になりたいとも思ったことはない。
「先生!男子女子を限定するなんて現代に合っていないと思います!というわけで我がクラスの学級代表は女子2名です!」
いや、まだ学級委員を引き受けるなんて一言も言っていない。断じて言っていない。神に誓って言っていない。なるほど……と頷くんじゃない、担任。仕事をしろ担任。生徒にクラスを乗っ取られていいのか。
「学校生活の最後になにか2人で思い出つくりたいな!とっておきのやつ」
昨日言っていたことはこのことか。物心付く前から彼女の傍にいたはずなのに、これは予測できなかった。私は小さく溜息をついた。彼女の望みはいつだって、彼女にとって最高の形で叶えられる。
「わかりました。」
私の平穏な学校生活は終わりを告げた。
/「最初から決まってた」