狼星

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4/13/2023, 12:55:23 PM

テーマ:快晴 #152

「君、浮かない顔してるね」
僕の家の裏には川が流れている。
僕は時々、その川のせせらぎを聞きに行く。
辛いことがあったとき、
うまく行かないことがあったとき、
なにもないときもまるで庭のように。

今日だって一人で、
新学期うまくいかないなぁ…と思って
川をぼーっと見ていると声をかけられた。
「大丈夫かい?」
その言葉が僕にかけられているものだとは
すぐには思わなかった。
「あ、僕?」
「なんか、消えそうな感じ」
白いワンピースを着たその人は僕の隣に座った。
同じくらいの女子にドギマギしていると
「川よく来ているよね。最近」
そう言われたものだからびっくりした。
「え? なんで…?」
知っているの? 僕は最後まで言えなかった。
「見ていたから…かな」
彼女は川を見つめていた。
僕の方を見なかった。
「大丈夫?」
彼女にそう聞かれて僕は抱えている膝を見た。
「わからない」
「大変なの?」
「うん」
「そっか…」
短い文でお互い返すため、なかなか会話が続かない。
「私には君の悩みはわからないけど、またいつでも来なよ。話なら聞いてあげられる」
僕が人と話すことが苦手なことを知っているようだった。
「ありがとう」
知らない女子と話すことは苦手なはずなのに、
なぜか彼女のことを知りたがっている僕がいた。
でもなんとなく言えなくなって黙ってしまった。
「じゃあ、私もう行くね」
そう言って彼女が立ち上がったのは数分後のことだった。黒い髪が風になびく。
「うん」
彼女は去った。
僕は川を見ていた。
赤くなっているだろう顔を
彼女に見られたくなかったからだ。
その視界の隅に白い何かが入ってくる。
それは白いハンカチだった。
僕はそれを持って立ち上がると、彼女をさがした。
でも彼女の姿はすでになかった。
「困ったなぁ…」
僕がそう呟くと視線をハンカチに戻す。
何故か見覚えのあるそのハンカチは、
彼女の着ていたワンピースのように白かった。
僕が上を見ると快晴の空が広がっていた。
そういえば数年前、
こんな感じのハンカチを落とした女の子と会ったなぁ。
そんなことを思い出した。
その子は落としたハンカチを探しているときも
ワンワン泣いていて。
そんなになんで泣いているの?
と聞いたら泣きながら
お母さんのだからって言っていたっけ?
彼女もワンワン泣くとは言わないが
このハンカチをなくしたことに悲しんでいたら、
可哀想だな。
そう思って近くの木にハンカチを結んだ。
彼女がもう一度ここに来たときわかるように。

4/12/2023, 12:21:45 PM

テーマ:遠くの空へ #151

遠くの空へ飛んでいってしまえばいいのに。
私はどこまでも続く青い空に向かって一人、
そう思った。
新学期が始まって、
満足いかないクラスになったわけではないのだが、
授業が始まって、
授業にあたった先生が怖いと噂の男の先生。
初めての授業でも大きな声が教室中に響き渡る。
早く終わってほしいな。
そう思うことはあまりないのだが、
授業が終わったあともまた明日、
その先生の授業があると思うと気が重くなる。
明日が来ないでほしい。
でも明日はいつも通りくるのだろう。

私は暗くなった空に向かって、
深いため息をついた。

4/11/2023, 12:02:38 PM

テーマ:言葉にできない #150

あなたが好きすぎる。
それは言葉にできないほどに。
でもこの思いをあなたに知られてはいけない。
この思いを知られてしまったら、
きっとあなたは私を嫌うでしょう。
また、私もあなたに
興味を示さなくなってしまうでしょう。
私は最悪な人間だ。
好きだと思っている人を知るたびに罪悪感を得る。
知るたびにその人のことから興味が消えていく。
そんな私自身に失望する。

好きすぎる。
言葉に出来ないくらいに人を愛せたのなら……。

4/10/2023, 12:05:03 PM

テーマ:春爛漫 #149

桜が散り、春爛漫も終わりかけている。
寂しげに葉桜を見上げる。
桜の花びらが風に吹かれ散っていくのを見ると、
寂しくなる。
「春爛漫って何?」
私の娘がそう言って私を見上げた。
「う〜ん。そうね…。お花がたくさん咲いていること、かな?」
最近の娘は知りたがりだ。
これは何? なんで? と何でも聞いてくる。
それにしても、
春爛漫なんて難しい言葉なんで知っているのかしら
なんて思っていると、
「じゃあ、今春爛漫だね」
「なんで?」
私はそう聞くとニィっと笑った。
「ママ、見て?」
そう言って娘はしゃがんだ。
指さした先にあったのは、
たんぽぽやハルジオン、ノゲシなど…。

気が付かなかった。
桜ばかりを気にしていて、
他の花など目に入っていなかった。
「ね? 春爛漫でしょ?」
得意げに笑う娘に私も笑って、娘の頭を撫でる。
「そうね」
私は春に加えて、娘の成長にも疎かったようだ。

4/9/2023, 11:40:50 AM

テーマ:誰よりも、ずっと #148

深夜の待合室。ドキドキと胸が高鳴る。
チラチラとドアに視線を向ける。
立ち上がったり、座ったり、時計を見たり……。
また、ドアを見たり……。
他の人の視線なんて気にならなかった。
ただ一つの声を待って。
僕は座り、目をつぶってギュッと手を握った。
その時
「オギャー、オギャー」
ドアの向こうから産声が。
僕は反射で立ち上がる。
中から看護師さんが出てきた。
「産まれましたよ。元気な赤ちゃん」
そう告げられた途端、安心で力が抜けた。

「ほーら、お父さんだよ」
汗ばんだ君が微笑みながら赤ちゃんを抱く君は、
もう僕が知っている君よりもずっと強く見えた。
お母さんになったんだなぁ、そう感じる。
視線を落とすと、
顔を赤く染めた小さい顔がそこにあった。
口をパクパクさせたり、
眉間にしわを寄せたりしている。
小さい手や足を無作為に動かし、
何かを探しているようにも見える。
「ほら、あなた。抱っこしてあげて」
そう言って君が僕の方に赤ちゃんを差し出す。
「え、うわぁ……。小さい……。かわいい……」
割れ物に触るときよりも緊張する。
そんな僕を見てクスクスと笑う君。
「も〜……。困ったお父さんね。抱っこしただけでも泣いちゃうなんて」
「だって……。だって……。」
君が頑張って産んでくれた、僕と君の子だから。
この世にたった一人の、唯一無二の子だから。
嬉しくてなくのは当たり前だろう?
僕の方に赤ちゃんが手を伸ばす。
まだ目は開いていない。
その時、病室の窓から光が差し込んだ。
希望の光だ。
誰よりも、ずっと君と僕たちの子を愛しているよ。
どんな日々が未来に待ち受けていたとしても、
僕が君たちを守ってみせるよ。
誓ったんだ。
僕たちの子が産まれたその日に。

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