テーマ:キャンドル #7
命のキャンドルに火を灯すと、
人間は日が消えるまで生きることができる。
キャンドルが全て溶けきればその人は寿命で死ぬ。
キャンドルが溶け切らずに火が消えると、
その人は寿命以外で死ぬ。
その原理はよく砂時計で示される。
僕は、命のキャンドルの管理人をしている。
人は僕をシニガミという。
人は僕をテンシという。
今日も僕は命のキャンドルを見つめる。
弱々しい火、強く光を放つ火、短くなったキャンドル。
僕はここにいると寂しい気持ちになる。
静かで暗い中、火だけを見ていると、不思議な気持ちになる。
「新しいキャンドルだ。しっかり管理するように」
僕は師匠に渡された長く小さな光を放つキャンドルを受け取る。
風が一吹きすれば消えてしまいそうな光。それでも一生懸命光っている。
「師匠。人間はどれくらい生きられるのでしょうか」
僕はそのキャンドルを静かにおいてから聞く。
「さぁな」
師匠は口数が少ない人だ。いつも同じような反応しかしない。だから僕は考える。人間はどれくらい生きられるのか。
昔は、命のキャンドルが溶け切るまで火が燃え続けることが少なかったと、師匠の師匠がつけた帳簿で知ることができた。
少し前の命のキャンドルは昔に比べると長く、キャンドルが溶け切るまで日が燃えているものが多かった。
しかし、最近の命のキャンドルは突拍子も無く消えることが多い。煌々と輝いていたキャンドルが急に消える。弱々しい光がかろうじて燃えている。
僕は人間がわからない。人間の寿命というものが長くなったのはキャンドルの長さを見る限りわかる。
しかし、急に日が消える謎は僕には分からなかった。
「最近の人間は残酷だ」
師匠がポツリと呟いた。僕は師匠に目を向ける。
「最後には自分で自分を傷つけ、火を自ら消す」
師匠の言った言葉が、僕には半分理解できた。
でも、もう一方はわからない。でもなんだか、怖い気がした。僕は人間を見たことがない。人間がどんな生活をしているのか、分からなかった。
師匠は最近の人間を知っている。僕はまだ師匠の見習いだから、人間を見ることはできない。でも、命のキャンドルを見守ることでどれくらいの人間がいるのかはわかる。僕に分からるのは、その人間が生きているのか死んでいるのかだけ。
だからなぜ、師匠が
ーー人間は残酷だ。
そういったのかが理解できなかった。
そんな僕は人間がどんなものなのか、どんな生活をしているのか、はやく知りたくてたまらない。
今日も新しいキャンドルが火を灯す。
そしていくつかのキャンドルの火が消える。
僕はそれを見つめる。
いつか、人間が生きているところを見てみたいから。
いつか、師匠がいった言葉の意味を…答えを知ることができる日が来るから。
テーマ:たくさんの想い出 #6
私は先輩のことが好きだ。
それに気がついたのは、高校2年の春のことだった。
先輩は一緒の部活。和太鼓部。
いつの間にか前に立って太鼓を叩く先輩に憧れて、気がついた頃にはそれが好きという感情に変わっていた。
私はその気持ちを伝えようと部活のない日の放課後、こっそり先輩の教室に行った。
その時、
「晴人〜」
そう先輩を呼び捨てする女の先輩がいた。
その女の先輩と仲が良さそうに話す先輩。いつもは一心になって太鼓を叩いていて、笑ったところなんて見たことがなかった。でも、その時の先輩の笑顔が素敵で…。
私が知らなかった顔があったこと、そしてそれを知っている女の先輩。
私は胸が苦しくなった。
「あれ? 篠宮?」
ドアに隠れていた私と教室を出ようとした先輩の視線が交わる。隣には、さっき先輩を呼んでいた女の先輩。
「今日は部活、休みだよな?」
そう言って私の顔を見る先輩。
「あ、う…。えっと……」
私は声が出なくなった。なんだか、変な感じ。何も言うことができない。
じぃっと見つめる先輩に
「はい! すみませんでした!!」
そう言って先輩の目を見ずに走り去ってしまった。
わー……。やらかした。
私は走り、そのまま下駄箱まで来てしまった。
上靴と靴を履き替えた時、先輩と隣りにいた女の先輩のことを思い出す。
「お似合いだったな、あの二人」
ポツリと呟いた。
先輩は顔も整っていて、背も高くて。隣りにいた女の先輩も、すごく美人でスラッとしていて。
私なんかが釣り合うはずがない。そう思うと鼻の奥がツンとした。
目からポロッとしずくが落ちる。
「あ~ぁ。恋なんてしなければよかったな」
私はそう言葉を吐いた。その時ポツポツと雨が降ってきた。
その雨は、どんどん強くなっていった。
私の心を表すように。
私の先輩とのたくさんの思い出たちのように。
「ねー…晴人。もしかして、いつも話しているのって今の子のこと?」
「そう」
僕は答える。僕は去っていった後輩の篠宮の背中をぼーっと見つめていた。
「えっと……。もしかしたら勘違いされたかも?」
幼馴染の真理にそう言われ、僕は何を言っているのか分からなかった。
「勘違い?」
僕がそう言うと真理は眉を寄せて
「だ~か~ら~。私達が付き合っているとか、そう見えちゃったんじゃないかって!」
真理がそういったのでますます頭にはハテナがうかぶ。
「なんで? 真理は彼氏いるじゃん」
僕の返しにはぁ~っと大きなため息をつく真理。
「アンタって顔はいいのに頭がちょっとね…」
真理はそんなことをブツブツ言っている。
「それに、僕が好きなのは真理じゃないし」
「だから! 勘違いされたかもって言っているの! 私達が幼馴染なこと、彼女は知らないでしょ?」
もー…っと呆れられた。
だって僕が好きなのは篠宮なのに、なんで勘違いされないといけないんだ?
僕は、真理の言うことが理解できなかった。
「あ、雨」
僕は窓の外を見て呟く。
篠宮、大丈夫かな…。
心の中では降り続ける雨のように、また篠宮のことを考えていた。
全くこの男は、何人の女子を虜にすれば気が済むんだか…。隣りにいる晴人を眺めて私は思った。
私もその一人だった。
その事実は今でも変わらない。だからさっきの後輩ちゃんの気持ちがわかる。
降り始めた雨を見つめていると思い出した。晴人が後輩ちゃんのことが好きだと知った、あの日降った雨のことを。それから私は晴人から離れるために彼氏を作った。
それなのに、一向に晴人と離れられない。
晴人とはたくさんの想い出があるからなのか。
さっき、晴人にはっきり
ーー好きなのは真理じゃないし。
そう言われたときズキンと胸がいたんだ。その時感じたんだ。好きという気持ちは雨のように落ちて消えてはくれない。
テーマ:冬になったら #5
私は小さい頃、冬に祖父母の家によく遊びに行った。
そこに行くと決まって近所の男の子と一緒に遊ぶ。
その子は私と同じくらいの年で、小さい頃の私達は同じくらいの身長だった。
その子は祖父母の住む街をよく知っていて、色んなところに案内してくれた。私はその子と遊ぶことが好きで。私の知らない場所に連れて行ってくれることが、当時の私にとって何よりも楽しかった。
数年後祖父母が亡くなり、その街へ行くこともなくなることになった。私はその子に会えなくなったことが悲しくて、
「なんで来れないの? なんで?」
私はその日、家を飛び出した。冬で寒い中、ジャンパーだけを羽織って近くの公園に行くと、その子がいた。
「どうしたの?」
その子は涙でグシャグシャになった私の顔を見て心配そうに言った。
「もう、遊べないかも、しれないの」
私はつっかえながらいった。その子は私を見て
「そっか…」
残念そうに言ったけど、泣かなかった。
「じゃあさ、僕が一番好きな場所教えてあげる」
そう言って私の手を引いた。その子の足取りは軽かった。
「着いたー!」
一本の木の生えた小さな神社のようなところだった。
「見て、ここ!」
私は、その子が指差す方向を見た。すると
「わぁー……、きれい…」
そこには沈みかけた夕日が海に反射している神秘的な景色があった。空には赤く染まった雲と、暗くなりつつある空。そして冷たい冬の風が私の頬をそっと撫でる。
「ここは僕たちだけの秘密の場所。僕はいつでもここにいるから。いつでも来ていいよ」
そして人差し指を立て、続けていった。
「冬になったら、また会いに来て」
この街も随分変わってしまったな。
私は懐かしの街に帰ってきた。この街に来るのは20年ぶりだろうか…。20年も年を取れば私も、街も変わるのだなと感じる。
そういえば、小さい頃よく遊んでいた男の子がいたなと思い出した。もうここに来れないってなったとき、すごく泣いてその子に励ましてもらったんだっけ…。
また、会いたいな。
そんなことを思っているとその子が最後言っていた言葉を思い出した。
ーー冬になったら、また会いに来て
そういえばあの約束まだ果たせてないな…。私はそう思った。でも、もうあれから20年経っているとなるとあの場所に行ってもその子はいないだろうな。
そう思いながらも一度行ってみようと足を動かした。
子供の頃は軽々登っていた山の急斜面が今ではキツイ。でも当時を思い出し、懐かしいなと思いながら登っているからかそう苦に感じなかった。
「着いたー」
とは言っても登り終わったときには息は上がっているし、足は痛くなった。歳をとったな…と感じる。
「あれ?」
そこには、先客がいた。小さな先客だ。その後ろ姿には見覚えがあった。でも、そんなこと…
「来てくれたんだ」
その子は私を知っていた。振り向かず小さな背中を向けているその子。でも、その声には聞き覚えがあった。
「20年、経ったんだよ?」
私はそういってその子に話しかける。
「もうそんなに経ったんだ」
その子は答える。やっぱり、この子は…
「私……、遅くなっちゃった?」
「ううん。来てくれて嬉しいよ」
そう言って振り返った彼は、小さい頃見た彼の姿そのものだった。
「どうして…」
「僕ね、もういないんだ」
小さい彼の影が長く伸びる。夕日が逆光となり彼の顔がよく見えない。
「来てくれてよかった。また会えた」
そう言って彼が顔を上げた。
「来てくれてありがとう」
彼がそう言うと、夕日が落ちた。それとともに彼も消えた。
彼が何者だったのか、私にはわからない。
でも、今でもあの場所に行くと彼に会えるんじゃないか、またあの時みたいにひょっこりと出てきて私を待っているんじゃないか、そう思った。
でも、彼があの日から私の前に現れることはなかった。
今年こそ会えるだろうか、
……もう少しで冬になる。
テーマ:はなればなれ #4
はなればなれの君へ
今、私の言葉は届いていますか?
届いていたら嬉しいです。
「はなればなれ」の君の姿を私は見たことがない。
私は誰にこの言葉を書いているのか。
自分でもわからない。
私は返事のない「物語」という手紙を毎日のように書き続ける。
誰かに向けて。これを見ているあなたに向けて。
まだ見ぬ姿の
「はなればなれ」の君に向けて。
元気?
大丈夫?
生きるのって大変だよね。
もしかしたらこれを見ていても辛いって思ってしまう
人がいるかもしれない。
でもね。
姿は見えなくても、私は君のことを何も知らないかもしれないけれど。
生きていてくれてありがとう。
今日も頑張ってくれてありがとう。
私を見つけて、この文章を読んでくれてありがとう。
そう言いたい。
チクチクしている言葉じゃなくて
温かい言葉を。
「はなればなれ」が多くなっているこの時代で、
たくさんの温かな言葉が
この時代の「はなればなれ」たちを
繋いでくれたなら
どんなに幸せなんだろう。
テーマ:子猫 #3
飼っていた猫、むぎが三日前、逃げてしまった。
戸を開いたらすごいスピードで行ってしまった。
最初は何が起こったのか分からなくて、そのままぼーっとしていた。数秒後、起きたことを理解してむぎが行った裏山の方へと走っていった。でも、そこにむぎの姿はなかった。
昨日の夜から降り始めた雨は、次第に強くなっている。姿を消したむぎのことを何をしていても考えてしまう。むぎとは長い付き合いだった。
僕が仕事から帰ってくると玄関にいて
「ニャーオ」
そう鳴く。まるで「おかえり」と僕に言っているかのように。
むぎはいつもは外に出ることを嫌っていた。しかし、昨日は違った。すごいスピードだった。
むぎじゃないみたいだった。
むぎが帰って来るかもしれない。
何故かそう思った僕は傘を指して雨の中、むぎを探した。しかし当然、むぎの姿はない。
僕は雨で視界が歪む中必死に探した。でも、小説のようにむぎが奇跡的に現れることはなかった。
仕方がなく帰ろう来た道を引き返そうとすると
「ミィー」
小さな声が聞こえた。僕が当たりを見回すがそこに声の主は見つからない。
「どこかにいるのかい?」
僕がその声に向かって話しかける。
「ミィー、ミィー」
小さい声。僕は声を頼りにその主を探す。
そして見つけた。穴の空いた木の中に。
「ミィー、ミィー」
そこにいたのはむぎではなく、子猫だった。目は青く綺麗な色をしていた。
「お前、どうしたんだ? 母猫は?」
僕が聞いても当然答えは返ってこない。そして僕とその子猫の視線が合ったとき、子猫はぐったりとしてしまった。
「お、おい!」
僕がそう言っても体を起こさない。僕はその子猫を抱え、家に帰った。
温かいお湯にタオルを浸し、そのタオルで絞り子猫を包む。とにかく温かくしなければと思ったからだ。
数分後、目を覚ました子猫は僕を見る。
「ミィー」
そんな甘えるような声で鳴くなよ。母猫に返さなくちゃいけないんだから。僕はそう思ったが、子猫の体を見て思った。本当にこの子猫はこの雨で母猫とはぐれたのだろうか、と。
この周辺の地域では飼えなくなった子猫を裏山へ放すということがあるらしい。おばあちゃんから聞いたことがある。もしかしてこの子猫も…。
「ミィー、ミィー」
そう鳴かれる。この子猫は僕のことを母猫と勘違いしているようだった。仕方がないな…。僕は子猫の世話をしてやる。
ふと、むぎのことが頭によぎる。そういえばむぎを拾ったのもこんな感じだったなぁ、と。
むぎは帰ってこないのだろうか。もうこんな家のこと忘れてしまったのかもしれないな。僕がそんなことを思っていると
「ミィー」
大きな青い目で僕を見つめる子猫。
「なんだ~? お前僕の思っていることわかるのか?」
冗談めかしていった。むぎがいなくなったこの家に、新しい子猫が一匹。その子猫はむぎのことをきっと知らない。
でも、何となくこの運命はこの子猫と会ったときに決まっていた気がするんだ。猫とは切れない縁があるらしい。
※むぎが出て言ってしまったのはきっと自分の死を感じたから。猫は自分の死を確信するとそれを隠そうとどこか遠くに行ってしまうらしい。むぎも、もしそうだったなら……。