狼星

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テーマ:子猫 #3

飼っていた猫、むぎが三日前、逃げてしまった。
戸を開いたらすごいスピードで行ってしまった。
最初は何が起こったのか分からなくて、そのままぼーっとしていた。数秒後、起きたことを理解してむぎが行った裏山の方へと走っていった。でも、そこにむぎの姿はなかった。

昨日の夜から降り始めた雨は、次第に強くなっている。姿を消したむぎのことを何をしていても考えてしまう。むぎとは長い付き合いだった。
僕が仕事から帰ってくると玄関にいて
「ニャーオ」
そう鳴く。まるで「おかえり」と僕に言っているかのように。
むぎはいつもは外に出ることを嫌っていた。しかし、昨日は違った。すごいスピードだった。
むぎじゃないみたいだった。

むぎが帰って来るかもしれない。
何故かそう思った僕は傘を指して雨の中、むぎを探した。しかし当然、むぎの姿はない。
僕は雨で視界が歪む中必死に探した。でも、小説のようにむぎが奇跡的に現れることはなかった。
仕方がなく帰ろう来た道を引き返そうとすると
「ミィー」
小さな声が聞こえた。僕が当たりを見回すがそこに声の主は見つからない。
「どこかにいるのかい?」
僕がその声に向かって話しかける。
「ミィー、ミィー」
小さい声。僕は声を頼りにその主を探す。
そして見つけた。穴の空いた木の中に。
「ミィー、ミィー」
そこにいたのはむぎではなく、子猫だった。目は青く綺麗な色をしていた。
「お前、どうしたんだ? 母猫は?」
僕が聞いても当然答えは返ってこない。そして僕とその子猫の視線が合ったとき、子猫はぐったりとしてしまった。
「お、おい!」
僕がそう言っても体を起こさない。僕はその子猫を抱え、家に帰った。

温かいお湯にタオルを浸し、そのタオルで絞り子猫を包む。とにかく温かくしなければと思ったからだ。
数分後、目を覚ました子猫は僕を見る。
「ミィー」
そんな甘えるような声で鳴くなよ。母猫に返さなくちゃいけないんだから。僕はそう思ったが、子猫の体を見て思った。本当にこの子猫はこの雨で母猫とはぐれたのだろうか、と。
この周辺の地域では飼えなくなった子猫を裏山へ放すということがあるらしい。おばあちゃんから聞いたことがある。もしかしてこの子猫も…。
「ミィー、ミィー」
そう鳴かれる。この子猫は僕のことを母猫と勘違いしているようだった。仕方がないな…。僕は子猫の世話をしてやる。
ふと、むぎのことが頭によぎる。そういえばむぎを拾ったのもこんな感じだったなぁ、と。
むぎは帰ってこないのだろうか。もうこんな家のこと忘れてしまったのかもしれないな。僕がそんなことを思っていると
「ミィー」
大きな青い目で僕を見つめる子猫。
「なんだ~? お前僕の思っていることわかるのか?」
冗談めかしていった。むぎがいなくなったこの家に、新しい子猫が一匹。その子猫はむぎのことをきっと知らない。
でも、何となくこの運命はこの子猫と会ったときに決まっていた気がするんだ。猫とは切れない縁があるらしい。

※むぎが出て言ってしまったのはきっと自分の死を感じたから。猫は自分の死を確信するとそれを隠そうとどこか遠くに行ってしまうらしい。むぎも、もしそうだったなら……。

11/15/2022, 12:38:15 PM