狼星

Open App

テーマ:たくさんの想い出 #6

私は先輩のことが好きだ。
それに気がついたのは、高校2年の春のことだった。
先輩は一緒の部活。和太鼓部。
いつの間にか前に立って太鼓を叩く先輩に憧れて、気がついた頃にはそれが好きという感情に変わっていた。

私はその気持ちを伝えようと部活のない日の放課後、こっそり先輩の教室に行った。
その時、
「晴人〜」
そう先輩を呼び捨てする女の先輩がいた。
その女の先輩と仲が良さそうに話す先輩。いつもは一心になって太鼓を叩いていて、笑ったところなんて見たことがなかった。でも、その時の先輩の笑顔が素敵で…。
私が知らなかった顔があったこと、そしてそれを知っている女の先輩。
私は胸が苦しくなった。
「あれ? 篠宮?」
ドアに隠れていた私と教室を出ようとした先輩の視線が交わる。隣には、さっき先輩を呼んでいた女の先輩。
「今日は部活、休みだよな?」
そう言って私の顔を見る先輩。
「あ、う…。えっと……」
私は声が出なくなった。なんだか、変な感じ。何も言うことができない。
じぃっと見つめる先輩に
「はい! すみませんでした!!」
そう言って先輩の目を見ずに走り去ってしまった。

わー……。やらかした。
私は走り、そのまま下駄箱まで来てしまった。
上靴と靴を履き替えた時、先輩と隣りにいた女の先輩のことを思い出す。
「お似合いだったな、あの二人」
ポツリと呟いた。
先輩は顔も整っていて、背も高くて。隣りにいた女の先輩も、すごく美人でスラッとしていて。
私なんかが釣り合うはずがない。そう思うと鼻の奥がツンとした。
目からポロッとしずくが落ちる。
「あ~ぁ。恋なんてしなければよかったな」
私はそう言葉を吐いた。その時ポツポツと雨が降ってきた。
その雨は、どんどん強くなっていった。
私の心を表すように。
私の先輩とのたくさんの思い出たちのように。


「ねー…晴人。もしかして、いつも話しているのって今の子のこと?」
「そう」
僕は答える。僕は去っていった後輩の篠宮の背中をぼーっと見つめていた。
「えっと……。もしかしたら勘違いされたかも?」
幼馴染の真理にそう言われ、僕は何を言っているのか分からなかった。
「勘違い?」
僕がそう言うと真理は眉を寄せて
「だ~か~ら~。私達が付き合っているとか、そう見えちゃったんじゃないかって!」
真理がそういったのでますます頭にはハテナがうかぶ。
「なんで? 真理は彼氏いるじゃん」
僕の返しにはぁ~っと大きなため息をつく真理。
「アンタって顔はいいのに頭がちょっとね…」
真理はそんなことをブツブツ言っている。
「それに、僕が好きなのは真理じゃないし」
「だから! 勘違いされたかもって言っているの! 私達が幼馴染なこと、彼女は知らないでしょ?」
もー…っと呆れられた。
だって僕が好きなのは篠宮なのに、なんで勘違いされないといけないんだ?
僕は、真理の言うことが理解できなかった。
「あ、雨」
僕は窓の外を見て呟く。
篠宮、大丈夫かな…。
心の中では降り続ける雨のように、また篠宮のことを考えていた。


全くこの男は、何人の女子を虜にすれば気が済むんだか…。隣りにいる晴人を眺めて私は思った。
私もその一人だった。
その事実は今でも変わらない。だからさっきの後輩ちゃんの気持ちがわかる。
降り始めた雨を見つめていると思い出した。晴人が後輩ちゃんのことが好きだと知った、あの日降った雨のことを。それから私は晴人から離れるために彼氏を作った。
それなのに、一向に晴人と離れられない。
晴人とはたくさんの想い出があるからなのか。
さっき、晴人にはっきり
ーー好きなのは真理じゃないし。
そう言われたときズキンと胸がいたんだ。その時感じたんだ。好きという気持ちは雨のように落ちて消えてはくれない。

11/18/2022, 12:25:35 PM