彩士

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7/4/2023, 11:59:34 AM

ドンっ。目の前で大きな夜の花が咲いた。
ヒューと音を立てて空高く登っていく。と言っても高さは僕の目線と変わらない。下の方から「キャー」という歓声を上げている人の声が聞こえる。
数年ぶりに着た浴衣をはだけさせて、胡座をかいて分厚い苔の生えた岩の上に座る。何も考えないまま、流れゆく景色を眺めていると背中の方で足音がした。
こんな時間にここに来るのは、決まりきっている。
アイツだ。
「よう、来たのか、元気そうだな」
トトっと軽々岩に飛び乗ってきた三毛猫に話しかける。顎の下を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らした。僕がここに来ると必ずやってくる可愛いやつだ。
ちなみに僕がいるのは、古びた神社の一画。神官もいない、参拝者もいない、忘れ去られた神社。かつては、お供物もよくあったと爺ちゃんに聞いた。巫女が舞を披露して、年越しだけじゃなくても多くの人がやってきたらしい。らしい、というのは爺ちゃんはもう死んだから。去年の秋にぽっくり逝ってしまった。それからは一人で暮らしていたが、老朽化が進んでいたのか、あっさり木造の家は壊れた。しょうがなく、神社の神殿の端のほうで小さくなって住まわせてもらっている。カミサマがいるなら、怒られそうだけど、許してもらおう。
「なぁ、いつまでこの生活が続くと思う?」
「ナァーゴ」
「だよなぁ。ケジメつけないといけねーよな」
喉は触らせてくれるのに、腹は決して撫でさせてくれない。心を許してもらえてないのかと思えば、隣で大人しく丸くなって寝ている。
ああ、そろそろ花火が終わりそうだ。
「腹括るかぁー。この花火お前と見るの、これで最後かもな」
頭上まで伸びた桃の木の枝についた熟れた実をちぎる。柔い皮をめくって食べれば、甘かった。
「これからどうなっちゃうんだろうな。これぞ、かみのみぞ知るってか?」
さみしいなぁ。


ため息と同時にドーンっと最後に大きな花が開いた。

7/3/2023, 11:46:23 AM

そこは真っ暗なトンネルだった。従兄弟のはっちゃんと追いかけっこをしているうちに全く知らないところに出てきた。空が暗くなるだけじゃない。はっちゃんの姿も見えなくなった。
「ねぇ、どこにいるの?おうちに帰ろうよー」
車が一台ギリギリ通るくらいの細い細い道に一人ぽつんと佇んでいた。ガードレールは過去に車がぶつかった跡がある。大きく反り返り、もはや、柵としての意味をなしていなかった。
「はっちゃーん!トンネルの中にいるのー?」
真っ暗なその先には光なんか見えない。このトンネルはちゃんと向こう側があるのか、こわくなってくる。コウモリが空を飛び始めて、余計に不安な気持ちにさせる。はっちゃん、どこにいるんだよ。
「こっちだよー!おいでおいで!」
トンネルのなかから、反響を繰り返した声が聞こえた。ぐわんぐわんと体を揺さぶられるような感じだった。
「はっちゃん!」
誰かの温もりを確かめたくて、僕はトンネルの中へと走った。
走っても走ってもはっちゃんは見当たらない。終わりも見えない。本当にこの先に道はあるのかな。わからない。でも引き換えすことも怖くてできない。何も見えてない状態で、目を開けても閉じてもひたすらな闇。
誰か、誰か、僕を家に帰らせて。
ハッと目を開けた。誰かが僕の腕を掴んだからだ。
「だれ。はっちゃん?」
「んーん。違うよー。私は美緒っていうの。怖くないよ。私この道知ってるからみんなのところに帰してあげる。こっち」
僕は何も見えないのに、美緒ちゃんは迷わずに進み始めた。黙々と腕を引っ張られながら歩いていると、小さな光が見えた。
やっと家に帰れる。
家に帰ったらお母さんにぎゅってしてもらおう。
安心から涙がとまらなくなった。
「美緒はね、ずっとここにいるの。だけど、もう来ちゃダメだよ」
トンネルから出る一瞬、耳のそばで聞こえた。
「あ!りっくんー!どこに行ってたの?おばさん探してたよ?早く帰らなきゃ」
「うん。はやくかえろ」
はっちゃんの前では泣きたくなくて、ちょっと強がっていたかったけど、だめだ。やっぱり泣いてしまう。
「どうしたの?なんで泣いてるの?」
「なんにもないよ。かえろう」
手を繋いで帰路へ向かう。
トンネルを振り返ると、そこには小さなお地蔵さんが立っていた。
美緒ちゃん、じゃあね。