日差しはちっとも優しくない。無遠慮に肌を焼き、目を貫く。
雪もあんまり優しくない。舞っているだけなら美しいが、積もるのは歓迎できない。晴れ渡った冬の陽に輝く光だけがほしい。
曇りもそんなに好きじゃない。でも、晴れのように痛くないし、雨のように鬱陶しくない。苛烈な吹雪は恐ろしい。ただそれでも、平穏なばかりで面白みはない。
窓のむこうに木の葉が舞う。風が強いのか。がたがたと窓が鳴るから、きっとそうなんだろう。ジャズよりクラシックの似合うような男が、それでも優雅にコーヒーすする。そのうち分かるよ、と言われ続けていたら、こんな歳になってたよ――そう言って外国の新聞をめくる。でも私は知っている。彼にその言葉は読めてはいないと。それでもその所作は優雅でさまになっているから面白い。私は氷の浮いたコーヒーを一口。やはりアイスに限る。それはともかくね、と男が笑う。悪戯でも思いついたか。
明日の天気、どうなると思う?賭けてみようじゃないか――
もちろん正解はふたりとも聞いている。だってラジオがかかっているんだから。それでも私はその賭けにのる。そして彼は、私が何に賭けるかも察している。結果ももちろん分かってる。でも、だって、だから面白いんじゃないか、こんなゲーム。
「雨と雷。晴れは0%よ」
まっとうだからじゃない。
Fallen. Fallen. Fall.
畜生、いかれてるからじゃねぇ。ただ恥ずかしいからだ。半端に堕落してるからだ。ださいからだ。
堕落なんてできやしねぇ。精々が不誠実な堕落。堕落と呼べない堕落。
畜生、畜生って、悔しがるふりをして、クールなふりをして、虚無的なふりをして。だから人前で堕落できない。傲慢。クズ。カス。
弱いのですらない、狡いのだ。卑屈なのだ。善人ぶっているのだ。なぜって。
F*ck. F*ck. **ck. F**k. *uck. Fu*k. F***.****.****.****!****.****.
ああ、こんな馬鹿、さっさと滅べばいいのに!
自分で選びたかったのさ。リュートを背負った青年は杖をくるりと回した。不便だろ、と問うと、まあね――と彼は椅子に収まり、水出しはありますか、とウェイターに訊いて、数度のやり取りの末にじゃあそれで、と話を締めた。
だからって自分で潰すことはないだろう、と言うと、そうだったかもね、となんてことのないように彼は応えた。ただ、おかげでつまらないことを訊かれないし、好き勝手言ってもあんまり怒られないよ、今は昔より歩きやすいしね、と続けた。それにしたって、と思う。あまりにつり合わないじゃないか。
まあ観念的というか、得手勝手な言い草だろ、澄みきった瞳って。だから潰したのさ、俺は。それにさ。そう言って彼はサングラスを外す。初めて見たわけじゃないけど、やっぱり怖い。
――本当は見える、って言ったら君はどうする?
低く、低く、可能な限り低く保たれた温度のもとで彼は眠り続ける。夢を見るのか、見ないのか、それは誰にも分からない。時が来るまで眠り続ける。それが彼の選んだ仕事だ。まだ夢物語の技術、安全性も心身への影響も分からないシステム、冷凍睡眠。
眠りにつく前に彼と話した技師が部屋に戻ってきて僕らの顔を見た時、慌てて顔を作り直したのを僕は見ていた。たぶんみんな見ていた。彼は不機嫌に椅子に座ると、そんなもんなんだろう、とだけ言って、カルテを打ち込みはじめた。その彼はもういない。すぐに辞めていったから。でも、初期のメンバーはもう僕だけだ。僕だってもういい加減歳になっているから、来年にはお役御免だ。あとは彼が無事に目覚めるのを望むだけ。どうなるかは誰にも分からない。――本当に?
昏々と眠り続ける彼の暗室の方を見やる。本当に彼は眠っているのだろうか。起きている?何十年も、あんな寒い部屋で、何も食べずに、何もせずに?そんなことがあるはずないのは分かってる。でも、暗室には誰も入れない。だから結局分からないのだ。ぞっとして妄想を振り払い、詰め所に戻る。
彼はあと数十年眠り続ける。嵐が来ようと、凪が来ようと、国が栄えようと、滅びようと。金と科学が生きているならば。
祭ってさ、
うん。
興業なの?慣習の維持装置なの?それとも、
ちょっと待った。
なに?
あんた、また面倒なこと考えてるね。
考えるのに建前を使えるほど器用じゃないよ。
.....。でもさ、それ、祭の楽しさをばらしちゃってるというか。
うん。だから君に話してみた。
うん?
いい加減なこと言ってきれいな部分を見せあうだけの相手じゃない、ってこと。
君も大概たらしこんでくるね。嫌いじゃないけど、案外ベビー級な――愛情表現するんだね。
愛情表現いうなよ。
そういうのを愛情表現っていうんだよ。いや、だから嫌いじゃないのさ。
恥ずかしくなってきた。もういい。この話題中止。ああもう、手を握るな。