低く、低く、可能な限り低く保たれた温度のもとで彼は眠り続ける。夢を見るのか、見ないのか、それは誰にも分からない。時が来るまで眠り続ける。それが彼の選んだ仕事だ。まだ夢物語の技術、安全性も心身への影響も分からないシステム、冷凍睡眠。
眠りにつく前に彼と話した技師が部屋に戻ってきて僕らの顔を見た時、慌てて顔を作り直したのを僕は見ていた。たぶんみんな見ていた。彼は不機嫌に椅子に座ると、そんなもんなんだろう、とだけ言って、カルテを打ち込みはじめた。その彼はもういない。すぐに辞めていったから。でも、初期のメンバーはもう僕だけだ。僕だってもういい加減歳になっているから、来年にはお役御免だ。あとは彼が無事に目覚めるのを望むだけ。どうなるかは誰にも分からない。――本当に?
昏々と眠り続ける彼の暗室の方を見やる。本当に彼は眠っているのだろうか。起きている?何十年も、あんな寒い部屋で、何も食べずに、何もせずに?そんなことがあるはずないのは分かってる。でも、暗室には誰も入れない。だから結局分からないのだ。ぞっとして妄想を振り払い、詰め所に戻る。
彼はあと数十年眠り続ける。嵐が来ようと、凪が来ようと、国が栄えようと、滅びようと。金と科学が生きているならば。
7/29/2023, 10:27:14 PM