ドルニエ

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7/24/2023, 1:32:49 PM

 それはたぐり寄せなければこないものでもあり、忍びやかな巾着切りのようにいつの間にか懐に滑り込んでくるものでもあり、臓腑が破裂するほど蹴りつけられるような思いをしてもあっけなくこぼれ落ちてくものでもあり、また怨霊のように、妖怪のようにべったりと貼りついているものでもあり。
 だからそんなにありがたがるものでないのかもしれないし、プロパガンダのような、気持ちの悪く美化されたものかもしれず、結局はよく分からないものらしいと、彼はそれを歳をとるごとに曖昧になっていくもののひとつに数えている。
 ただ、ひとつ確かだと思っていたのは、「馬鹿な選択をするいいわけになること」だったらしい。らしいというのは、もう彼もいい加減耄碌していて、まともに考えることができていないようだと、彼のわずかに残った仲間が教えてくれたからだ。そんな彼が逝ったのは、もう半世紀も前の話。だからもう、誰もそんなことはどうでもいいのだ。ひそかに。ひそかに。私が私の骨を撒いてもらったとき、その不確かなことも死に絶えるのだ。

7/23/2023, 2:41:21 PM

 暗闇で密かに開き、時には月明かりでぼうと浮かびあがり、そして空の白みはじめる前にはすでにしぼみ始めている、ヒトの目に触れることのない、そんな花のもとで死ぬことに、彼は、あるいは彼女は納得しただろうか。その花の茎を醜く握りしめた彼にそう問うのは野暮なのだろう。その骸が無粋な力学によって衆目に晒されなければ、彼は、彼女は次の夏にはその花になっているのだろう。いや、なっていてほしい。全てを見渡す御座にあって、それは思った。そしてそれがかなうことはないと、それは知っていた。なぜなら。
 耳に男の声が蘇る。おまえは自分の意見をいえると思っているのか。希望が通ると思っているのか。ただ俺の命令を聞いて、それに従えばいいんだ――と。