小説
迅嵐※ご都合トリガーバグ
「これはなんてよむの?」
「これは''なかよし''だよ」
舌足らずな声で聞く様はまるで幼児のよう。否、幼児だった。
絵本を小さな手で一生懸命めくるのは、A級隊隊長であり、ボーダーの顔でもある嵐山准。しかし今回、原因不明のトリガーバグで彼は幼児の姿になっていた。しかもトリガー解除できなくなっているオプション付き。最悪だ。
今日の夜は、久々に朝まで一緒にいられる予定だった。多忙な嵐山を捕まえるのは骨が折れる。だからとても楽しみにしていたのに。幼児の姿のままじゃ何も出来やしない。
そう、おれはあんな事やこんな事をするために未来視を使ったと言っても過言ではなかった。
「おにいさん、どうしたの?」
「えっ…あ、いや、なんでもないよ」
邪な考えを見透かされたかと思い、肩が跳ね上がる。純粋な瞳に見つめられ、おれは少しだけ居心地が悪くなった。
「…ほら、続きを読もう?」
「うん」
……小さな嵐山もいいけど、いつもの嵐山にも会いたいなぁ。
「これは?」
「ん?これは''はなればなれ''って読むよ」
「はなればなれ?」
「遠くに行っちゃって、あんまり会えなくなること」
「………おにいちゃんも、はなればなれ?」
突然の問におれは言葉を詰まらせる。
「…どうしてそう思うの?」
「だっておにいちゃん、さみしそうだから」
小さな嵐山は絵本を閉じると、おれの腕にしがみついてくる。普段の嵐山よりもずっと細い腕。それでも、いつもと同じように温かかった。
「だいじょうぶだよおにいちゃん。じゅんがいるからね」
自らよりも小さな子を慰めるように話すその姿は、その頃から愛すべき弟妹の為に兄をしていたのだと思い知らされる。
「…大きくても小さくても変わらないな」
「?」
「なんでもないよ、ありがとな」
「おにいちゃんげんきになった?」
「あぁ、なったよ」
心配そうに見つめる嵐山の頭をおれは優しく撫でる。見方を変えれば、幼い嵐山なんてトリガーバグがなければ一生お目にかかれないもののはず。ならこの状況は楽しまなければ損だ。未来では嵐山は何事もなく戻っているようだし、何の心配もない。
「よし、アイスでも食べるか?」
「あいす!たべる!」
数時間後、大人に戻った嵐山は幼児になっていたことなどすっかり忘れており、周りからその時の話を恥ずかしそうに聞いていた。
ちなみにあんな事やこんな事はおれの未来視を酷使し、実行エンドに導くことに成功した。幼児姿の嵐山も見れたことだし大豊作すぎる。流石おれ。サイドエフェクト様様。実力派エリート万歳!
隣の家で野良が子猫産んだよ
まじかわいい
小説
迅嵐
冬も近づき、防寒具が手放せなくなってきた今日この頃。
おれはジャンバーをチャックを最大限上げ、秋風の冷たさをやり過ごそうとしていた。
「迅ー!」
「おー嵐山」
手を振りながらこちらへ来る嵐山は、ダッフルコートにマフラーと防寒バッチリだった。
その場にいるだけでモデルのように出来上がっているのが凄い。本物のモデル顔負けだろう。それだけ嵐山にはダッフルコートとマフラーという組み合わせが似合っていた。
「待たせたか?」
「いや、今来たとこ。行くか」
おれ達は並んで歩き出す。ふと、嵐山の指先が赤くなっていることに気がついた。
「嵐山、手袋は?去年のまだ出さないの?」
「うーん、まだ大丈夫だと思ったんだが…確かに冷たい」
嵐山は今更気がついたかのように自らの赤くなってしまっまた手を見つめる。
「しょうがないなぁ」
おれは満更でもなく嵐山の手をとる。
「こんなに冷たくなっちゃって…ほら、これでいいだろ」
嵐山と手を繋ぎながら、ジャンバーのポケットに入れ込む。嵐山の手がじんわりと温かくなってきたような気がした。
「どう?あったかい?」
「…あったかい」
「もう片方は自分であっためてよ」
触れ合う肩が温かい。ポケットの中できゅっと握ってくる手が可愛くて、おれはニヤける顔を少し嵐山から背けた。
…迅は知らない。俺がわざと手袋を付けないことを。
気がついたのは去年のことだった。俺が手袋を忘れると、いつも手を繋ぎながらポケットに入れる。彼は自らの行動に気づいていないようで、俺は悪知恵を働かせてしまった。
手袋を忘れれば、迅と手を繋げる。
手を繋ぎたいなんて、子供らしいと思われることが恥ずかしくて中々言えなかった。断られたらと思うと怖くて尚更言えなかった。
そこから俺は間隔を開けながら手袋をわざと忘れていった。すると迅は律儀に毎回手を繋ぎ、ポケットに入れてくれる。
きっと迅のことだから、いつかこんな愚行はバレてしまうに違いない。
でも、バレてしまうまで、その時まで、俺はこの温かさに触れていたいんだ。
…って嵐山は考えてるんだろうな。
嵐山がわざと手袋を忘れていることに気がついたのは三回目あたりの事だった。元来嘘をつけない素直な性格だから、なんとなく気がついた。
でも言わない。こんなに可愛いことをしてくれているのに、おれが言ってしまうと二度としてくれない未来しか視えないから。
そんなのもったいない。だからおれは言わない。
ねぇ嵐山、言わないからさ、ずっとおれと手を繋いでいようよ。
「あったかいね嵐山」
「?あぁ、あったかい」
わざと手袋を忘れて迅と手を繋ぐことに少しだけ罪悪感を感じながらもやめられない嵐山准と、わざと忘れていることに気がついているけれど手を繋ぎたいのは自分もだから好都合だと何も言わない迅悠一
胡蝶しのぶと甘露寺蜜璃
明るい貴女といるだけで、私は普通の女の子になれた気がしました。
仲良くなれたことは、私の誇り。
きっともっと仲良くなれたはず。
そう、そうです、きっともっと仲良くなれたのに。
……最期まで見届けられなくてごめんなさい。
また会いましょうね。
願わくば来世は二人で貴女の好きなぱんけぇきを食べましょう?
小説
迅嵐※高校生、付き合ってる
「……詰んだ…」
後ろの席からそんな小さな呟き声と、ガタッと少し大きな音が聞こえた。
振り返ると、机に突っ伏したまま微動だにしない者がいた。
「視えてなかったのか?迅」
ついさっき行われた抜き打ちの実力テスト。しかも今回のテストは成績に大きく関わっている。予知のサイドエフェクトを持つ迅が視逃すのは珍しい。
「視えてたよ、……視えてたんだけど…まさか実力テストの教科と違う先生が来るとは……」
「あぁ…」
今日行った実力テストは数学。しかし数学の先生が急遽用事が出来たとかで、代わりに来たのは英語の先生だった。
「…………文法完璧にしてきたのに……」
予知の中にいた英語の先生を信じきり、本当に英語は完璧にしてきたのだろう。だが期待を裏切られ、数学のテストを前に為す術なく項垂れたらしい。
俺はそんな迅が可哀想に思えて、どう慰めてやろうかと少し悩む。
「…迅、視えている成績はどんな感じだ?」
「……五分五分かな。ギリ赤点回避する未来とギリ赤点の未来が混在してやがる。…こんなスリル味わいたくない……」
「そうか…。よし!」
ぱしんと太腿を叩き、俺は笑みを浮かべながら迅を見据える。音に驚きこちらを向いた迅に満足した俺は、誰にも聞こえないように、誰にも聞かせないように小さく囁いた。
「赤点だったら慰めにキスをしてやろう」
「な゙っ……!?」
「どこにでもしてやるぞ?」
「ぇ゙えっ!?」
迅はどこから声を出しているのか疑問に思うような素っ頓狂な声を上げ、椅子と共に後退る。
いつも思うが、そろそろキスくらい慣れて欲しい。もう両手で足りない程、何度もしたと言うのに。こっちまで恥ずかしくなってくるじゃないか。
「えっ……なっ……!…………あっ」
「?どうした?」
「……………………赤点、回避しちゃった……」
迅の百面相を見ながら、俺は堪えきれず盛大に笑ってしまったのだった。