小説
迅嵐
冬も近づき、防寒具が手放せなくなってきた今日この頃。
おれはジャンバーをチャックを最大限上げ、秋風の冷たさをやり過ごそうとしていた。
「迅ー!」
「おー嵐山」
手を振りながらこちらへ来る嵐山は、ダッフルコートにマフラーと防寒バッチリだった。
その場にいるだけでモデルのように出来上がっているのが凄い。本物のモデル顔負けだろう。それだけ嵐山にはダッフルコートとマフラーという組み合わせが似合っていた。
「待たせたか?」
「いや、今来たとこ。行くか」
おれ達は並んで歩き出す。ふと、嵐山の指先が赤くなっていることに気がついた。
「嵐山、手袋は?去年のまだ出さないの?」
「うーん、まだ大丈夫だと思ったんだが…確かに冷たい」
嵐山は今更気がついたかのように自らの赤くなってしまっまた手を見つめる。
「しょうがないなぁ」
おれは満更でもなく嵐山の手をとる。
「こんなに冷たくなっちゃって…ほら、これでいいだろ」
嵐山と手を繋ぎながら、ジャンバーのポケットに入れ込む。嵐山の手がじんわりと温かくなってきたような気がした。
「どう?あったかい?」
「…あったかい」
「もう片方は自分であっためてよ」
触れ合う肩が温かい。ポケットの中できゅっと握ってくる手が可愛くて、おれはニヤける顔を少し嵐山から背けた。
…迅は知らない。俺がわざと手袋を付けないことを。
気がついたのは去年のことだった。俺が手袋を忘れると、いつも手を繋ぎながらポケットに入れる。彼は自らの行動に気づいていないようで、俺は悪知恵を働かせてしまった。
手袋を忘れれば、迅と手を繋げる。
手を繋ぎたいなんて、子供らしいと思われることが恥ずかしくて中々言えなかった。断られたらと思うと怖くて尚更言えなかった。
そこから俺は間隔を開けながら手袋をわざと忘れていった。すると迅は律儀に毎回手を繋ぎ、ポケットに入れてくれる。
きっと迅のことだから、いつかこんな愚行はバレてしまうに違いない。
でも、バレてしまうまで、その時まで、俺はこの温かさに触れていたいんだ。
…って嵐山は考えてるんだろうな。
嵐山がわざと手袋を忘れていることに気がついたのは三回目あたりの事だった。元来嘘をつけない素直な性格だから、なんとなく気がついた。
でも言わない。こんなに可愛いことをしてくれているのに、おれが言ってしまうと二度としてくれない未来しか視えないから。
そんなのもったいない。だからおれは言わない。
ねぇ嵐山、言わないからさ、ずっとおれと手を繋いでいようよ。
「あったかいね嵐山」
「?あぁ、あったかい」
わざと手袋を忘れて迅と手を繋ぐことに少しだけ罪悪感を感じながらもやめられない嵐山准と、わざと忘れていることに気がついているけれど手を繋ぎたいのは自分もだから好都合だと何も言わない迅悠一
胡蝶しのぶと甘露寺蜜璃
明るい貴女といるだけで、私は普通の女の子になれた気がしました。
仲良くなれたことは、私の誇り。
きっともっと仲良くなれたはず。
そう、そうです、きっともっと仲良くなれたのに。
……最期まで見届けられなくてごめんなさい。
また会いましょうね。
願わくば来世は二人で貴女の好きなぱんけぇきを食べましょう?
小説
迅嵐※高校生、付き合ってる
「……詰んだ…」
後ろの席からそんな小さな呟き声と、ガタッと少し大きな音が聞こえた。
振り返ると、机に突っ伏したまま微動だにしない者がいた。
「視えてなかったのか?迅」
ついさっき行われた抜き打ちの実力テスト。しかも今回のテストは成績に大きく関わっている。予知のサイドエフェクトを持つ迅が視逃すのは珍しい。
「視えてたよ、……視えてたんだけど…まさか実力テストの教科と違う先生が来るとは……」
「あぁ…」
今日行った実力テストは数学。しかし数学の先生が急遽用事が出来たとかで、代わりに来たのは英語の先生だった。
「…………文法完璧にしてきたのに……」
予知の中にいた英語の先生を信じきり、本当に英語は完璧にしてきたのだろう。だが期待を裏切られ、数学のテストを前に為す術なく項垂れたらしい。
俺はそんな迅が可哀想に思えて、どう慰めてやろうかと少し悩む。
「…迅、視えている成績はどんな感じだ?」
「……五分五分かな。ギリ赤点回避する未来とギリ赤点の未来が混在してやがる。…こんなスリル味わいたくない……」
「そうか…。よし!」
ぱしんと太腿を叩き、俺は笑みを浮かべながら迅を見据える。音に驚きこちらを向いた迅に満足した俺は、誰にも聞こえないように、誰にも聞かせないように小さく囁いた。
「赤点だったら慰めにキスをしてやろう」
「な゙っ……!?」
「どこにでもしてやるぞ?」
「ぇ゙えっ!?」
迅はどこから声を出しているのか疑問に思うような素っ頓狂な声を上げ、椅子と共に後退る。
いつも思うが、そろそろキスくらい慣れて欲しい。もう両手で足りない程、何度もしたと言うのに。こっちまで恥ずかしくなってくるじゃないか。
「えっ……なっ……!…………あっ」
「?どうした?」
「……………………赤点、回避しちゃった……」
迅の百面相を見ながら、俺は堪えきれず盛大に笑ってしまったのだった。
難しいお題すぎる爆笑
俺達には翼があった。色とりどりの綺麗な翼。
皆それぞれ羽を広げ、自由に空を飛んだ。
でも俺は、それを下から眺めることしか出来なかった。
何故なら俺の翼は片っぽだけ。
飛べない翼。意味の無い翼。
飛ぶというのはどんな気分なのだろう。
きっと、眠ることと同じくらい気持ちの良いことなのだろうね。
小説
千ゲン
夜、目が覚めた。
「…ゲン?」
横を見ると、隣で寝ているはずのゲンが居なくなっていた。敷布団を触るとまだ温かさが残っており、ついさっきまでここで寝ていたことが分かった。
逆に言えばそれしか分からなかった。
「……まぁ、どこへ行こうと俺には関係ねぇわな」
目を瞑り、また眠りに入ろうとする。瞼の裏に夜の闇が張り付いていた。
「……」
俺に黙ってどこに行きやがった?そういえばこの前熊が出たって話があったな…。
「………」
俺はまだ眠気の残る体を起こし、外へと向かった。
「何処だよ…」
そもそもゲンの行先に検討もつかなかった。行きそうな場所を虱潰しに回るか?
ふと、花の香りがした。ゲンの匂いに似ていたせいか、俺は花の香りの先へ向かっていった。
そこには辺り一面にススキが生い茂っていた。
「……ゲン」
冷たい風がススキを揺らす。月光に照らされたススキは遠い昔、現代で見慣れていた稲穂によく似ていた。
「あれ?千空ちゃん、こんな所で何してんの?」
幽霊を見たような驚き様で振り返ったゲンは、俺の姿を認めると困惑したように眉を下げる。
「…こっちのセリフだわ……てめぇが俺の知らねぇうちに居なくなるから…」
ガサガサとススキを掻き分け、急いでゲンの元へと向かう。
急がないと、ゲンが消えてしまう気がして。
辿り着くと、腕を掴みこちらへと引き寄せる。少し長く夜の風に吹かれたせいか、ゲンの体は冷えていた。
「寝れなかったんだよね。…もう戻ろうよ。寒くなってきちゃった」
俺はしっかりとゲンの手を握り、月夜に照らされたあぜ道を進む。
ゲンは片手にススキを数本握っていた。
「せんくーちゃーん、ススキの花言葉知ってるー?」
「またお得意の花言葉か」
「うん。ススキはね、活力とか生命力」
「ほーん」
「……安心してよ、俺はまだ消えないから。千空ちゃんが人類復活を成し遂げるまでちゃんと居るよ」
その後は消えるってのか。んなことさせねぇよ。
「……次は俺も誘え、一人で行くな」
「…寂しかった?」
その問いには答えず、俺は繋いだ手を強く握り直した。