小説
千ゲン
夜、目が覚めた。
「…ゲン?」
横を見ると、隣で寝ているはずのゲンが居なくなっていた。敷布団を触るとまだ温かさが残っており、ついさっきまでここで寝ていたことが分かった。
逆に言えばそれしか分からなかった。
「……まぁ、どこへ行こうと俺には関係ねぇわな」
目を瞑り、また眠りに入ろうとする。瞼の裏に夜の闇が張り付いていた。
「……」
俺に黙ってどこに行きやがった?そういえばこの前熊が出たって話があったな…。
「………」
俺はまだ眠気の残る体を起こし、外へと向かった。
「何処だよ…」
そもそもゲンの行先に検討もつかなかった。行きそうな場所を虱潰しに回るか?
ふと、花の香りがした。ゲンの匂いに似ていたせいか、俺は花の香りの先へ向かっていった。
そこには辺り一面にススキが生い茂っていた。
「……ゲン」
冷たい風がススキを揺らす。月光に照らされたススキは遠い昔、現代で見慣れていた稲穂によく似ていた。
「あれ?千空ちゃん、こんな所で何してんの?」
幽霊を見たような驚き様で振り返ったゲンは、俺の姿を認めると困惑したように眉を下げる。
「…こっちのセリフだわ……てめぇが俺の知らねぇうちに居なくなるから…」
ガサガサとススキを掻き分け、急いでゲンの元へと向かう。
急がないと、ゲンが消えてしまう気がして。
辿り着くと、腕を掴みこちらへと引き寄せる。少し長く夜の風に吹かれたせいか、ゲンの体は冷えていた。
「寝れなかったんだよね。…もう戻ろうよ。寒くなってきちゃった」
俺はしっかりとゲンの手を握り、月夜に照らされたあぜ道を進む。
ゲンは片手にススキを数本握っていた。
「せんくーちゃーん、ススキの花言葉知ってるー?」
「またお得意の花言葉か」
「うん。ススキはね、活力とか生命力」
「ほーん」
「……安心してよ、俺はまだ消えないから。千空ちゃんが人類復活を成し遂げるまでちゃんと居るよ」
その後は消えるってのか。んなことさせねぇよ。
「……次は俺も誘え、一人で行くな」
「…寂しかった?」
その問いには答えず、俺は繋いだ手を強く握り直した。
11/10/2024, 11:41:06 AM