水平線の向こうを見る。
ビルとビルの間から見える陽が茜色に染まっている。
まるで燃えているかのようだ。
高低差のある道をひたすらに進む。
久々に仕事を定時で終えた。
これから買い物をして適当な献立を考えて、それから余暇は何をしようかと考えながらの帰路が一番好きかもしれない。
今日は夕日が見える間に帰ることができた。
私は一日の中では夕方が一番好きだ。
日が沈み、グラデーションの空が徐々に、紺色から夜空になるこの僅かな時間の空は、まるでキャンバスに広げられた鮮やかな絵の具の色が少しずつ滲み、溶けていくようで美しい。
今歩いている道には私の他には誰もいない。
私の住む街は坂が急な場所が多い。
歩いたり、自転車を漕いでいる時なんかは、なかなかに大変な地形だが、道の高低差のお陰でこうして天気が良いと、綺麗な夕日に出会えるのだ。
私の街で
好きな空をながめながら
好きな時間帯に
好きなことを考える
そんな至高の瞬間を噛み締めながら、私は茜色に向かって歩みを進めたのだった。
【街】
んー…そうだな
しなくないことなら沢山浮かぶんだけど
早起き
満員電車に乗る
勉強
部活の走り込み
嫌いな食べ物を食べる
仕事
電話対応
残業
………
こう並べると
一日の大半はしたくないことで
成り立ってるなぁ
世の中ってこういう
一人ひとりのしたくないことで
成り立っているのなら
したいことで生活してるひとって
なんなんだろうな
【やりたいこと】
最後に他人と出会ったのは果たして何年前だったか。
モニターの操作や音声指示で、日常の全てが自動で解決する自宅。
一歩外を出ても、無人の公共機関や案内ロボが最短ルートや快適ルートをナビゲートし、人間を行きたい場所まで導いてくれる。
一昔前はあんなに便利だ便利だ、と驚きと嬉しさがあったはずなのに、今やもうそれらはすっかり自分たち人間の生活に溶け込み、今やもう当たり前という地位にまで到達した。
こんなにも快適になったというのに、心の渇きがあるのはなぜなのか。
「なんで自分は寂しいんだろうね」
『そうですね。感傷的なご様子なので楽しい気分になれる書籍や映画を検索してみました。興味を持たれたものはありましたか?何日も続くようでしたらAIドクターやケアロボットドクターへの受診をお勧めいたします』
無機質な君に問うてみた。間違ってはいないのだけど、正しくはない。
【世界の終わりに君と】
やってしまった
電車を逃してしまった
無人駅で項垂れる 僕
僕の住む町は 田舎
最寄りの駅に電車は
2時間に1度しか来ない
その貴重な電車が
たった さっき
走り去った 走り去ってしまった
時刻表 そういえば
変わったんだった と
ああ あと2時間
駅の待合室で どうしようか
【最悪】
むかしむかしの話。
私にはかつて近所の公園で遊ぶ学年違いの
同性の友達がいた。
同じ学校に通う近所に住んでいる友達を仮にAとしよう。
Aは私の家とそう離れていない住宅地に住んでおり、苗字もなかなか聞かないような名前だったからよく覚えている。
私とAは近所の公園で出会い、Aが一人で遊んでいたところを私が声をかけたことが知り合うきっかけだった。
知り合って以来、私とAは時折公園で遊ぶようになった。お互いに遊び道具を持ちより、ままごとの真似事をしたり、バトンを振り回したり、一輪車で広場を走り回ったりと、年頃に相応なことをしたことを断片的に覚えている。
ある日、私とAはそれぞれお気に入りの玩具を持ち寄り、いつものように公園で遊んだ。私は細かいビーズを編むように繕われているネックレス、Aは兎のぬいぐるみであった。
Aが大事そうに抱えている兎のぬいぐるみを見て私は心底羨ましいと思った。
私は当時、欲しいものをなかなか買って貰えないという環境であった。しかも当時人気だったデザインの兎であったものだから、Aが学校であったことを色々話してくれていたが、全然頭に入ってこなかった。
私は無意識にポケットの奥に入っていたビーズの指輪を取り出していた。
兎のぬいぐるみとこのネックレスを交換しない?ネックレスに指輪もつけるよ。悪い話じゃないと思うんだけど、どうかな。
少しだけ読んでいた漫画で、取引をするシーンが頭をよぎった。取引を持ちかけたキャラになりきりながらAに言った気がする。ネックレスも指輪も綺麗で、正直手放すには惜しいとは思ったけれど、それを容易く上書きするくらい、当時の私にはぬいぐるみの方が魅力的に思えた。Aは快く承諾し、私たちはお気に入りのものを交換することとなった。
それからAとは自然と疎遠になってしまった。
元々Aとは学年も違く、公園で時折会って遊ぶだけの仲だったので、いずれは疎遠になっていくだろうとは薄々思っていたが、今振り返ってみると思いの他早かった気はする。
最近になって実家に帰り、近所を散歩してきた。Aの家を前を通り過ぎたが、家も表札も全然知らない姿となっていた。
今も私のそばにいる兎のぬいぐるみ。
ぬいぐるみのことは家族にも誰にも言っていない。
【誰にも言えない秘密】