水中の泡が好きだ。
わらわらと舞い上がる、幻想的な風景。
水面で弾けたり、水中で溶けるように消える儚さ。
この世界で一番綺麗なものだと思う。
そんな泡に、俺がなったら、
アイツもちょっとは、こっち見てくれるかな。
あ、でも、見てくれたことに気づく前に俺消えちゃうか、はは。
それはちょっと悲しいかな。
【泡になりたい】
夏が帰ってきたので、自分の家に閉じ込めた。
世界は涼しくなった。
昼は涼しい外を歩いて、夜になったら夏のところに帰る。
いつでもじりじりとくすぶっている、あの夏のところへ。
『ただいま、夏。』
「何この夢…」
やはり寝苦しい夜はろくな夢を見ない。
タイマーで切れていたエアコンをつけなおした。
【ただいま、夏。】
いつもより少し早い放課後。
申し訳程度の狭い日陰に、二人肩を寄せて入る。
何も話さない。
話すことはない。
けれど離れることもない。
この絶妙な距離感が好きだった。
自分はタオルで汗をぬぐう。
隣からはこくりこくりと喉が動く音が聞こえる。
絶えぬ蝉の声。
光の反射で若干白く見える景色。
遠くに浮かぶ積乱雲。
生ぬるい風。
「ん」
不意に、目の前に飲み物が差し出された。
炭酸飲料のペットボトル。
「?」
「やるよ」
「一口?」
「全部」
「…」
「思ったより甘すぎた」
「はあ」
呆れながら、半分以上残ったそれを受け取る。
甘いの大して好きじゃないくせに、何で買ったんだか。
蓋を開け、口をつける直前、ふと思って隣を見やる。
一瞬だけ目が合って、つい、とそらされた。
まさか、狙った?
…そんなわけないか。
まあ、ないならないでいいや。
若干の照れを知らないふりして口をつけた。
炭酸の弱くなった、ぬるくて甘ったるいだけの液体が口内に入ってきた。
普通なら、最後の一口二口でしか味わわないような、あれ。
それをボトルの半分以上残して寄越してくるとは。
嫌がらせだろうか。
「…最悪」
そう呟きながら、残りを一気に飲み干した。
お前がそうくるなら、こっちも最高の嫌がらせをしてやろうじゃん。
この甘ったるさを、直接味わわせてやる。
さっきのウブな照れなんか比にならない。
余裕ぶったその顔、崩してやる。
空になったペットボトルをカバンにしまい、その手で隣のすまし顔をひっつかんで引き寄せた。
【ぬるい炭酸と無口な君】
_______
「絶妙な距離感」とはなんだったのだろうか。
わたしがあなたを直視できない理由。
【眩しくて】
アイツは自分の言いたいことだけ言って、さっさと次の行動に移ってしまうから、こっちから言葉を返すことはなかなかできない。
もっとゆっくり生きればいいのに、と言ったことはあるが、目もくれないまま「無理」とバッサリ切られた。
じゃ、なんで自分と歩調が合わない俺と一緒にいるのか。
さりげなく聞いたら、「落ち着くから?」と半ば疑問形で返された。
それから、珍しく一瞬だけ手を止めて、
「自分が周りとずれてるのは分かってる。けどこんな自分を一番受け入れてくれたのはお前だったから」
「…!え、そんなん…」
もう告白じゃん。
そう言おうと口を開きかけた途端、アイツはまた目の前の作業に戻ってしまった。
忙しなく手を動かしながら、アイツはそっけなく言った。
「ま、自分が好きで一緒にいるだけ。お前がうんざりしてたらごめんだけど」
そうだよ、もううんざりだよ。
お前のせっかちさには。
無理やり隙間をつくらなきゃ、会話もできやしない。
……もう、切り札使うしかないか。
絶対にその手を止めさせる、必殺技を。
「逆にさ、なんで俺がお前と一緒にいるのかとか、聞かないのかよ」
「考えたこともなかったな。なんで?」
「……好きだから」
「なんて?」
「好きだからだよ、お前が」
「………っ?」
案の定、完全に動きが止まった。
さあ、これからゆっくり話をしようじゃないか。
俺の気が済むまで、ゆっっっくりと。
【タイミング】