最近、気になっている人がいる。
名前は海江さん。
いろんな部署で噂になるほど仕事ができて、みんなに慕われていて、背が高くて、美人で…
どうにかお近づきになりたいと、ずっと思っていた。
そんな自分が、仕事でなんとか海江さんと知り合うことができ、そこから努力を重ねて親睦を深めたある日。
自分は彼女を海に誘おうと決めた。
「海へ行きませんか、海江さん」
昼休み、一人でいたタイミングで思いきって話しかけてみる。
「いや、えっとあの、海江さん、海似合いそうだからな~ってなんとなく思って、その、だから、」
面食らったような顔の彼女に、必死になって説明する。わずかな下心は隠して。
すると、彼女は突然ぷっと吹き出した。
「だじゃれですか?」
今度は自分が驚く番だった。今のやり取りを思い返して、はっと気付く。
「え、っと、そんなつもりはなくて!ただ純粋に誘っただけで…」
弁解しようとした自分に、彼女はさらにクスクス笑う。そして言った。
「いいですよ。行きましょう、海」
「…えっ」
「二人だけですか?」
「あ、その、つもりです」
「分かりました。日にちは?」
「まだ、決めてません…」
「では今日の業務終わりに話し合いましょう。あと時間と、場所と、いろいろ決めないといけませんね」
てきぱきと話を終え、「そろそろ時間ですね」と言いつつ部屋の扉を開けた…と思ったらふいと振り返って、微笑みながら
「楽しみにしていますね」
と言い残して去っていった。
…海江さん、すんなり承諾してくれたな。
二人きりなんて、デートみたいなものなのに。
しかも、あんな笑顔まで向けられて。
あちらにそんな気はないと分かっていても、期待せずにはいられない。
浮かれた自分は早速、スケジュール調整を始めた。
【海へ】
「好き」の裏返しは、「無関心」と「嫌い」のどちらなんだろう。
自分は、後者だと考えている。
なぜなら、天邪鬼な恋人が、いつも照れながら「大嫌い」と言ってくるから。
【裏返し】
鏡に映った自分の姿が大嫌いだけど、
君が「かわいい」って言ってくれるから、
もう少しこのままでいようと思う。
【鏡】
日記。
自分で書いたものじゃない。
自分にとって特別だった人間の遺品。
生きてる時はそんな素振りなかったのに、遺品整理のときにあの日記を読んで、アイツが自分に向けている気持ちを知ってしまった。
まさか、死んでから両想いになるなんて。
あれは、アイツが生きていた証、アイツも自分のことを好いていてくれた証だから、絶対に捨てたりしないし、誰にも捨てさせない。
【いつまでも捨てられないもの】
友人の葬式が終わったあと。何となく海を見にきた。
真夜中の、だれもいない海。
暗い、暗い海。
何となく、友人に似ていた。
目をつぶって、波の打ち寄せる音に耳を傾ける。
アイツとは、この波みたいに、気づかぬうちに離れては、また知らぬうちに元の場所へ戻っている。そんな距離感だったように思う。
会えば言い争ったり喧嘩したりが日常茶飯事だったが、自分にとってはそれがちょうど良くて。
気づいたら、その日常の中で、確固たる信頼関係が築かれていた。
その信頼を壊したくなくて、アイツにむけてはいけない想いが芽生えてからは、それを必死に押し殺して接してきた。
ただ一緒に生きていければそれで良かったのに、まさか、今死ぬなんて。しかも、アイツが先に。
近くにいたときには押さえられていたあの気持ちが、いざ離れてからは溢れてきて止まらない。
会いたい。
会いたい。
「……」
不意に、波の音に混じって、名前を呼ぶ声がした気がして、目を開けた。
声の主を探すが、そこには真っ暗な海があるばかり。
でも、なんだか、そこに『いる』気がする。会える気がする。
…会いに行こう。会って、この気持ちを、今まで抱えていた分の「だいすき」を全部吐き出すんだ。
そうして気づけば、夜の海に身を沈めていた。
【夜の海】