彼は私に触れる直前、いつも微かに指が震えます。
そうしてためらいがちに、そっと、そっと触れるのです。
私が壊れることが怖いのでしょうか。彼は私のことをまるで硝子細工の花のように扱います。
壊れる心配なんてないのに。
「私」はとうに壊れているのですから。
けれどなんだか、その行為によって「私」が修復されているような感じがして、それに甘えてしまうのです。
心を失くした人間と、彼女を愛する人間のお話。
【繊細な花】
今日は一年で一番素晴らしい日。
ケーキを切って、蝋燭の火を消して。
今日までの1年を生きたことをお祝いするのです。
パーティーが終わって、部屋が静かになって、二人分の呼吸だけが耳に響いて。
時計が明日を告げたころ。
1年後もお互いの心臓が生きていることを願って。
私は彼の少し長い髪の毛を撫でたのでした。
【1年後】
何度も壊れた日常。
欠片を拾い集めて、何度も修復しては、壊されてきた。
それでも諦めずに何度も何度も、組み立てて、貼り合わせて、補強して。
そうしてやっとバランスを保っている今。
やっと幸せを見つけた今。
この「今」がまた壊れるのが怖くて、思わず隣にいる君の手を握った。
【日常】
同じ色のものを揃えて使うこだわりのある友達が、最近イメチェンならぬ、色チェンをした。
前は薄い水色の文房具がずらりと揃っていたが、突然紫色のものに一新されていた。
しかも、ちょうど私の目の色と似たトーンのものばかり。
よくこんなに集められたなと思いながら、話を切り出してみる。
「色変えたね」
「うん」
「今度は紫なんだ」
「うん」
「でも明るい色好きだったじゃん、何でまた暗い色に?まさか、私の目の色だから?」
「そうだよ」
「え、ド直球」
「ダメなの?」
「いえ全然」
「…でも、なんかイマイチなんだよね。『本物』じゃないっていうか」
「え?どういう」
「やっぱり、『あんたの目の色』が一番好き」
「……」
この友達に絶賛片思い中の私は、内心昇天していた。
目の色って、同じ人、きっといないよね。
その世界に一人だけの色を、「好き」って言ってくれたんだよね。
こんなの、告白じゃん。
【好きな色】
あわよくば、あの人と相合傘がしたい。
そう思ってカバンの底に忍ばせている折り畳みの傘は、依然として、持ち主である僕しかその下にいれたことがない。
雨が打ち付ける教室の窓に、指でこっそり相合傘を描く。
今日は運良く傘忘れててくれないかな、あの人。
【相合傘】