私にとっての『幸せ』だった人は、一番幸せそうな顔をして死んだ。
なんでも、ずっと前に同じ病気で死んだ母親に会いにいけるから、幸せなんだと。
あんなに順調に快復していたのに。容態の急変は、あの人が望んだことだったんだろうか。
死ぬことが、あの人の幸せだった。
あの人が生きていることが、私の幸せだった。
やっぱり、自分と誰かの幸せを同時に叶えることは、できないのかな。
『幸せ』が壊れた私は、せめてあの人の幸せが叶うように、「お幸せに」と棺に呟いた。
【幸せに】
雨の日、傘がなくて帰りあぐねているときに、一緒に傘に入れてくれたら。
いつもの帰り道、ふと手を握っても、振り払わないでくれたら。
不意に近づいたとき、少しでも、動揺してくれたら。
ちょっとは、期待してもいいんじゃないかって思える。
全く脈のない人間に何を求めても無駄だって、分かってるけど。
どれだけ時間がかかってもいいから、二人だけのハッピーエンドを求めたい、なんて思ってしまう。
【ハッピーエンド】
目は口ほどに物を言う。よく聞くことわざ。
だからという謎の理由で、目を見て相手の考えていることを当てる謎のゲームが勝手に開催された。
開始5分。睨むように見つめられる。自分はゲームをガン無視して読書しているから、気配だけだが。
10分。「肉食べたい」「違う」「じゃあ焼きそばパン食いたい」「じゃあってなんだよ、それはお前だろ後で自分で買え」「ちぇ」
完全に当てずっぽうな回答をバサバサあしらっていく。本の内容が頭に入ってこなくなってきた。
15分。読書は諦めた。顔を上げる。もうとっくに顔のゲシュタルト崩壊は最高潮だと思うが、なおも見つめ続けられる。新たな回答は出てこない。
30分。もはやただ見つめられているだけだった。こっちも見つめ続けるのに飽きてきた。そろそろ諦めてほしいと思っていた矢先、「キレーだな、お前の目」とぽつりと呟かれた。そらしかけていた自分の目を、また目の前の双眸に向ける。
それは、こちらの目の表面から奥まで探るように、時々ふるふると震えながらこちらを見つめていた。一瞬のまばたきには、あどけなささえ感じる。
そんな無邪気さを秘めたお前の瞳のほうが、よっぽど綺麗だというのに。
(そんな風に、見つめられると)
からかいたくなるだろ。
「…ゲームはどうしたんだよ」
「あ」
「忘れてたな、言い出しっぺのくせに」
「思い出したからいーんだよ!で、答えは?」
「…」
逡巡。
これだけ時間が空いたんだから、当然考えていることも変わっている。その中で、何を答えようか考えた。
…これにしよう。
「…かわいいなって、思ってた」
あながち間違いではない。頭の片隅くらいには、ずっとあった。最初こそ呆れがほとんどだったが。
案の定、目の前の男はみるみるうちに顔を赤くする。ほら、かわいい。
「…っそれ、今考えただろ……」
「正解だけど不正解」
「どっちだよっ」
あまりにかわいくて少々調子に乗っていたら、頭をはたかれた。
【見つめられると】
怖いのは好きじゃないのに、暇があるとつい見てしまうホラゲー実況。
【好きじゃないのに】
幼い頃、大人にたくさん褒められて、ちやほやされて、自分は世界で一番特別な存在なのだと思っていた時もあった。
けど、その大人たちより少し低いくらいの目線まで成長したとき、自分が特別な存在だなんてこと、よほど小さなコミュニティ内でもない限り、絶対にあり得ないことだと知った。
そして、世の中の大人たちと同じ目線まで成長した今、また自分は特別な存在になろうと必死になっていた。
今度は世界ではなく、たった一人の、誰よりも大切な人の特別に。
【特別な存在】