「なぁ……勿忘草の花言葉を知ってるか?」
突然、彼は私にそう問いかけた。勿忘草とは、明るい青色をした小さな花が、何個も集まって咲く一年草だった気がする。彼が、私によく似合うと云ってピアスや髪飾りを贈ってくるから見慣れてしまった。しかし、花言葉は考えたことが無かった。彼は私が贈り物を身につけると、それはもう愛しい目で見つめるものだから。あまり気にしていなかったということもある。
「花言葉?んー……ごめんなさい。わからない」
「あぁいや、別に良いんだよ。……君が花言葉を知っていて僕からのプレゼントを貰っていたとなると……どんな想いを抱いていたのか気になっただけだから」
そんなことを云いながら、彼はふわりと優しく笑う。その顔を見て、彼の笑った顔が好きな私は、じんわりと心温まるのを感じた。
「そうだ、せっかくだし花言葉を教えてよ」
私は彼の想いがプレゼントに詰まっていたのを知っている。しかし、それがどのような言葉に表されたものなのかわからないのだ。せっかくなのだから、教えてもらおう。私がそう言うと、彼はパチリと瞬きをして、次の瞬間には本当に楽しそうに笑った。
「ははっうん。いいよ。勿忘草の花言葉はね……」
「真実の愛」「誠の愛」「私を忘れないで」
夕闇に囲まれた小さな公園のブランコ。そこに腰掛け、ゆらり、ゆらりとブランコを漕ぎ俯いている青年がいた。青年は闇に溶け込むような黒いパーカーと藍色のズボン、そしてスニーカーを履いており、このような場所にいることが不自然に感じられる。そこへ、ギラリと琥珀色の瞳を光らせながら黒猫がやってきた。黒猫は青年の足元に辿り着くと、可愛らしく「ニャー」と鳴く。その時、今まで俯いていた青年が黒猫へ話しかけ始めた。
「お、ようやっとお出ましか。ん?何だ、猫の姿じゃないのかって?そりゃあお前、どうせこれからあっちに行くんだ。その姿じゃめんどうだろぉ」
青年はニヤリと笑ったかと思うと、いきなりブランコから腰を上げ、腕に隠れていたブレスレットに手をかざした。
「それじゃあ、夜市へ行きましょうかね。ほら、お前もこっち来い」
青年は、いつの間にやら黒猫と同じような琥珀色の目をしており、腰からは尻尾が二本生えていた。もう常闇に包まれた公園で、黒猫を腕に乗せると同時に突風が起こる。気づけば、ただ風がブランコを揺らしているだけで、そこには誰も居なかった。いや、何も残されていなかった。