クルリラハルリラトゥルリララ♪
キュートに無敵!メタモルフォーゼ!
甘ぁい蜂蜜召し上がれ♡プリティブリリアント!
「がんばえ!ぷりてぃぶいいあんと!」
娘がテレビに張り付く様に声援を送るのは、今期のプリティヒーローシリーズの黄色い子、プリティブリリアント。少しぶりっ子のキャラだ。ミツバチがモチーフらしい。
「心満、ほらご飯早く食べて。片付かないでしょ」
今日は義実家へ出かける予定だ。少しでも遅れると義母の小言が止まらなくなる。気が重い。
「ここちゃん、パパの隣で食べよう。ほら、ブリリアントと一緒の黄色のオムレツだよ」
夫が自分の隣へ誘導する。心満はテレビから目を外さず、ゆるゆると自席へ着いた。
その眼差しは真剣で、少しでも気を緩めると彼女らが負けるのでは無いかと思っているようだ。
負けないって。そう思いつつも、水を差すのは野暮な気もしてならない。何故なら自分も娘のように美少女戦士になる事を夢見た過去がある。
コンパクトの鏡に己の姿を映して変身。くるりとバレエのようなステップを踏んで、実家の階段から落ちたのはいい思い出だ。
「ここちゃん、ちゃんとご飯食べなきゃブリリアントになれないよ」
嘘だ。私も母からそう言われたけど、フリルトパーズにはなれなかった。黄色担当にハマるものきっと血筋だ。
だが娘は険しい表情のまま、オムレツを口に運んでいる。彼女達の戦闘の行く末を見守りながら。
夫が苦笑しつつ、目配せしてくれる。化粧の続きをやれと言いたいのだろう。
溜息をつきながら、鏡台へ向かう。ファンデーションを塗りながら、ふと手鏡の中の自分を見つめる。
現実が写っている。ああ、皺が増えた。頬も20代の頃より垂れて落ちてる気がする。なんなら母に似てきた。
あの頃…フリルトパーズになりたかった頃の私の理想とはかけ離れている。
『プリティ⭐︎ハニーランス!』
プリティブリリアントの必殺技が決まる。蜂の針に見立てた槍を滅多刺しにする技だ。結構物理的だ。
それを見届けた娘は、晴れやかな笑顔で私たちを見た。我が子の発表会を済ませた親の様な表情だ。
(この子も、いつか私に似るのを絶望するのかな)
そう思うと胸がギュッと苦しくなった。そうはなるまい。そう決意し、気合を入れて化粧を再開する。
首の角度を何度も変え、手鏡を見つめる。
(まだまだイケるじゃん)
頑張れ私。頑張れフリルトパーズでもプリティブリリアントでもない私。
鏡の中の私は、今日もなんとか笑顔を振り撒いていけそうだ。
≪鏡の中の自分≫
「本当に一瞬?」
「ああ、一瞬だとも」
装置に横たわり、イヴが問う。青白い光に照らされて、不安な表情が一層儚げに見えた。
政府はとうとう緊急事態を収束させる為、全国民をコールドスリープさせる事を決意した。
職業、地域、年齢別に組み分けされ、全ての人類や保護対象の生物達が眠りにつく。
「だけどアダム、何年も眠るのよ?下手したら数千年も!私が目覚めた時、溶けて消えてたりしないわよね?」
順次眠りにつくが、目が覚めるのがいつになるのかは分からない。数年後かもしれないし、数十年、下手したら彼女の言う通り数千年と眠ることになる。
「まさか。人体実験さえ済んでるんだ。大丈夫だよ」
そう言いながら急にそうなるんじゃないかと不安になる。 二人用のポッドでどちらもドロドロに溶けてしまったら…。
「それに、もし溶けてしまったら、文字通り一つになるだけさ」
「やめてよ!私…こんな終わり方嫌よ?」
「冗談だよ。大丈夫さ。何があっても僕がずっと隣にいる。怖いことなんかないさ」
無機質なアナウンスが響き渡る。
『これよりコールドスリープを開始します。対象者の方は速やかにポッドへお入りの上—』
「嗚呼、神様…」
彼女が十字を切る。僕は彼女を抱き込んだ。
「愛してるよ」
「ええ、私も…」
プシュという音がするとゆっくりとポッドの扉が閉まる。冷気と共に照明が暗くなる。
緩やかに眠りにつく様に、僕たちの意識は遠のいていった—。
『こちら世紀の大発見です!過去の遺物と共に、男女のミイラが発見され世界が震撼しております。研究者の間では、こちらは紀元前○年前の棺では無いかとされております。二人は寄り添う様に収まっていたことから、恋人または夫婦ではないかと……』
≪永遠に/眠りにつく前に≫
雨粒が窓を叩く。不思議と落ち着く音を立てるそれは、計画的に、けれど不規則に予定が組まれた”人工雨”だ。
曇天が広がる空もわざと雲を発生させており、文字通り蓋を開ければ機械的な回路が巡らされた外殻に覆われている。
世界は、いやこの”地球”と呼ばれていた惑星は、人口過密や資源問題をきっかけに小さな小競り合いが始まり、やがて全世界がその戦禍に呑まれる未曾有の大災害へと成り果てた。
空気は汚れ、木々は枯れ、生き物は次々と死に絶えた。
結果、当時の人間は三分の一にも満たない程に減り、その数少ない人々は肩を寄せ合い、この壊れかけた星で最期の時を待った。
しかし人間というのは厄介な生き物で、数少ない残りの資源や人々の叡智をかき集め、新たな物質を創り上げた。浄化作用があるとされたその物質は、皮肉にも殺戮兵器として投入される予定であったバクテリアから発見された。
こうして、この生き残った僅かな人々はこの”地球”という星を、生き物が再び住めるよう改革、改変していった。
「…ホント、人間ってバカ」
レベッカはプラント史のテスト範囲を復習しながら、吐き捨てるように嘲笑した。気だるげにホロスクリーンをスワイプすれば、当時の研究者達の画像データが表示される。
「そう言わないんだ、ベティ。彼等だって望んでそうなったんじゃないよ」
「けど、その結果が”コレ”よ。先生だって”sea”や”stars”を見たかったでしょう?」
「星空なんて御伽話みたいなものさ。アルタイルが恒星から外されて何年経ったと思ってるんだい?」
もうそんなの遠い遠い昔だ。データベースにも載っている。だがレベッカの言いたいことはそんなことでは無い。
「でもこの時代の”人間たち”がこの星を大事にしてたら、私たちもその恩恵に肖れたかもしれないのに」
「海ならあるじゃないか」
「あんな塩水貯めたタンクのどこが”sea”なの?!本物はクジラとかサメが泳いでるのよ。電気動物じゃない、マジの本物が!」
潮の満ち引きをプログラミングされた施設。そこには人工的に作られた海洋生物たち…電気動物が悠々と泳いでいる。
レベッカはそれらを思い出し、肩を抱くように身震いした。
「あんな紛い物に喜ぶなんてどうかしてる!」
嫌悪感を表に出すレベッカに、先生と呼ばれたモノ…フィン教授は掌を見つめ苦笑する。
「紛い物、ね」
ならば人工皮膚に覆われた我々はどういった立ち位置になるのだろう。生殖機能と脳だけは辛うじてかつての彼等と同様ではあるものの、それ以外の部分は”紛い物”。心臓でさえも人工のポンプに置き換えられている。
唯一残ったそれらは、人が人として生命活動を維持する為に、無理やり残された”人としてのエゴ”だ。
こんな姿になってまで生きている我々を、かつての彼等は何と呼ぶのだろう。
「あーあ。こんな”ハリボテ”じゃない本物の海や空…見てみたいなぁ」
レベッカは窓の外を見上げて、そのガラス玉の瞳に曇天を映した。
≪理想郷≫
MDウォークマンを知っているだろうか。
そもそもMDを知っているのだろうか。💽←これがMDだ。
ウォークマンというのは商品名で、要するに携帯音楽プレイヤーだ。
MDっていうのはミニディスクって物で、ざっくり言うと小さいディスクが付いたプラスチックの板だ。ざっくり言いすぎた。
その昔、私はMDウォークマンというものをお年玉で買った。なんならその前にはカセットウォークマンを持っていた。No music. No life.
当時の携帯電話は折りたたみ式のガラケーと呼ばれるもの。それも鈍器のように分厚いもの。まだ『着メロ』という電子音しか鳴らすことが出来ない今となっては考えられない物だった。
もう少し経つと『着うた』というサービスが始まって、またしばらく経つと『着うたフル』なるものが始まる。これをプレイヤー代わりに聴くようになった。今で言うスマホで曲を聴く、という事の先駆けだった。
それでも一曲500円程したので中々コスパが悪かった。なので私は携帯を持ち歩くようになっても、別個にウォークマンを愛用していた。
友達からCDさえ借りれたら、MDにダビング出来る。自分では買わないジャンルの曲を沢山聴いていた時期だった。
充実していた。
その後は運良くiPod shuffleを手に入れた。叔父さんがくれた。扱えないからと。その次はiPod miniをバイト代で買った。
そうこうしていると世の中に『iPhone』というものが席巻してきた。携帯の中にiPodが入っている凄いやつだ!と思った。
…先日、MD時代に聴いていた曲がサブスクで聴けるようになっていた。とても嬉しかった。
と、思うと同時に何故か少しだけ寂しかった。当時の私は今の私よりも世の中に溢れる曲を知らない生き方をしていた。
なのに毎日の通学は音楽で満ち溢れ充実していた。毎日どのMDを、どの曲を聴こうかとウキウキしていた。
今の私はどうだろう。少なくとも、おすすめ欄の曲をわざわざ聴こうとすらしていない。当時の私が聞いたら羨ましいとか言うだろうか。
とりま一つだけ当時の私に言えること。
「お前が頑張ってCD屋さんをハシゴして手に入れた初回盤特典のPV、10数年後に全部yourubeで見れるようになるぞ」
≪懐かしく思うこと≫
行かないでくれ。そう言った気がする。上手く言えたかも分からない。声が出ていたか、それさえも。
焦燥感に駆られて口から出た言葉は、まるでガキが駄々を捏ねるかのような無意味なものだった。
コイツは俺を置いてどこかへ行く。それだけは分かっている。何処へ行くかは知らない。ただ引き留めなければならないことは分かる。焦っていた。
『そんな顔すんなよ』
困ったように言う声色は、まさに子供に言い聞かせる母親のようでもあった。
ただ。その男の声に俺は聴き覚えが無かった。
いや、俺自身の体にも違和感があった。着た覚えの無い服を着ていた。仰々しく手袋なんざはめて、宛ら映画の軍服のようにも見えた。
(今のは誰だ?)
疑問と共に俯いた顔を上げる。俺はその声の主の面を拝もうと、相手の名を呼んだ。
「ヒロ、朝だぞー起きろー」
スマホからけたたましいアラームが鳴り響いている。それを止めながら、彼女が俺に呼びかけた。
心臓がバクバクと鼓動を掻き鳴らしている。アラームのせいではないそれに、俺は困惑して言いかけた名前を呼んだ。
「……レイ」
「ん?おはよ。ちょっと、忘れてないよね?スーツケース買いに行くよ」
まだ寝転がる俺に怜が覗き込み怪訝そうに問う。
怜が海外派遣のボランティアに行きたいと言ったのはつい昨日の話だ。看護師として、多くの人を助けたいと。短くて半年、長ければ数年帰って来ないらしい。
「ああ…うん」
「ほら、早く起きて。ついでに朝ごはんさ、どっかで食べよ」
カーテンを開けながら怜が俺に微笑む。母親のようなそれに、俺は何故かずきりと胸が痛んだ。
行かないでくれ、とは何故か言えなかった。怜の提案が立派な行いで、誇るべき事だったからだ。
けれど彼女が向かおうとしている土地は、お世辞にも治安が良いとは言えなかった。部外者の俺がついて行ったとて、邪魔になるのは明白だった。
けれど夢の中の俺とリンクして—いや、この場合は夢の中の俺が勝手に口を滑らした、が正しい。
「行くなよ」
不意に口を吐いた言葉が宙に舞う。誰の言葉か分からず、俺は怜と顔を見合わせて驚く。
同時に理解する。俺が言ったのか。理解した瞬間、顔がガッと熱くなる。汗が噴き出る。
怜も同様に驚いたものの、俺が黙るのを見るなり困った顔で笑った。
「そんなこと言わないの」
子供に言い聞かせるように告げられた言葉が、何故か夢とダブって聞こえた。
まだベッドから降りない俺に、怜は「うりゃ!」と茶化して抱き付いた。
「お土産話、いっぱい持って帰るからね」
耳元で優しくそう言う怜を、俺は何も言えず力一杯抱きしめた。
≪もう一つの物語≫