雨粒が窓を叩く。不思議と落ち着く音を立てるそれは、計画的に、けれど不規則に予定が組まれた”人工雨”だ。
曇天が広がる空もわざと雲を発生させており、文字通り蓋を開ければ機械的な回路が巡らされた外殻に覆われている。
世界は、いやこの”地球”と呼ばれていた惑星は、人口過密や資源問題をきっかけに小さな小競り合いが始まり、やがて全世界がその戦禍に呑まれる未曾有の大災害へと成り果てた。
空気は汚れ、木々は枯れ、生き物は次々と死に絶えた。
結果、当時の人間は三分の一にも満たない程に減り、その数少ない人々は肩を寄せ合い、この壊れかけた星で最期の時を待った。
しかし人間というのは厄介な生き物で、数少ない残りの資源や人々の叡智をかき集め、新たな物質を創り上げた。浄化作用があるとされたその物質は、皮肉にも殺戮兵器として投入される予定であったバクテリアから発見された。
こうして、この生き残った僅かな人々はこの”地球”という星を、生き物が再び住めるよう改革、改変していった。
「…ホント、人間ってバカ」
レベッカはプラント史のテスト範囲を復習しながら、吐き捨てるように嘲笑した。気だるげにホロスクリーンをスワイプすれば、当時の研究者達の画像データが表示される。
「そう言わないんだ、ベティ。彼等だって望んでそうなったんじゃないよ」
「けど、その結果が”コレ”よ。先生だって”sea”や”stars”を見たかったでしょう?」
「星空なんて御伽話みたいなものさ。アルタイルが恒星から外されて何年経ったと思ってるんだい?」
もうそんなの遠い遠い昔だ。データベースにも載っている。だがレベッカの言いたいことはそんなことでは無い。
「でもこの時代の”人間たち”がこの星を大事にしてたら、私たちもその恩恵に肖れたかもしれないのに」
「海ならあるじゃないか」
「あんな塩水貯めたタンクのどこが”sea”なの?!本物はクジラとかサメが泳いでるのよ。電気動物じゃない、マジの本物が!」
潮の満ち引きをプログラミングされた施設。そこには人工的に作られた海洋生物たち…電気動物が悠々と泳いでいる。
レベッカはそれらを思い出し、肩を抱くように身震いした。
「あんな紛い物に喜ぶなんてどうかしてる!」
嫌悪感を表に出すレベッカに、先生と呼ばれたモノ…フィン教授は掌を見つめ苦笑する。
「紛い物、ね」
ならば人工皮膚に覆われた我々はどういった立ち位置になるのだろう。生殖機能と脳だけは辛うじてかつての彼等と同様ではあるものの、それ以外の部分は”紛い物”。心臓でさえも人工のポンプに置き換えられている。
唯一残ったそれらは、人が人として生命活動を維持する為に、無理やり残された”人としてのエゴ”だ。
こんな姿になってまで生きている我々を、かつての彼等は何と呼ぶのだろう。
「あーあ。こんな”ハリボテ”じゃない本物の海や空…見てみたいなぁ」
レベッカは窓の外を見上げて、そのガラス玉の瞳に曇天を映した。
≪理想郷≫
11/1/2024, 4:17:39 AM