…ねぇ、あなたは今、どこにいるの?
え?言えない?あぁ、場所のことじゃなくって、比喩的な意味だよ。
…私は今、ドアがたくさんあるだけの部屋にいて、一つだけ、ドアが開いている。さっき(今年になってから)開けたドア。開いてるドアの先は、私がこれまで来た道。今私がいるここには、鍵が一本だけ置いてあって、鍵はどれかに差し込むと抜けなくなるみたい。私はこれから、このたくさんのドアのどっかについてる極小の穴を探して、ドアの先を覗いて、どれを開けるか決めなきゃならないんだ。これからも自分らしく生きていくために。
…こんな感じだからさ、空の下を歩いたことも無いんだ。きっと、“自由”なんだろうね。あなたは行ったことある?
ふーん、無いんだ。擬似的に行くことだって出来るだろうに。“自由”ってさ、自分で定義してあげないと、一生涯感じられないと思うんだよ。今自分が“不自由”だと思ってる人間が、その原因から解放されること、それしか“自由”になる方法はない。“不自由”によって、“自由”を定義するしかない、ってこと。あなたはそうじゃなかったんだね。でも、私もあなたも、空を見たことがない。不思議な話…。
…そうだね。だから私たちは、夢を見れるのかな。空が見えてしまったら、未来まですべて見えてしまいそう。でも不透明なものに仕切られてるから、不安も期待も一緒に抱いて生きていける。いつか、仕切りを全部取っ払ってしまった遠い未来で、空を眺めるのも、一つの期待として、胸にしまっておこう。
-【遠くの空へ】
【これからも、ずっと】
忘れてやらない。
のこと、
何もかも。
『この想いは満たされない。
私の心は満たされることがない。
ずっと空白を抱えたまま。
…当たり前だ。
この想いを一人だけで満たすことはできないのだから。
想いを相手と共有する勇気がない私には…』
「この想い」が何だったとしても、人の抱える想いって、他者の反応なくして満たされちゃくれないことが多い。行動原理は自分であっても、自分が満足できる結果って、人からの評価なことが多い気がする。それは協調性とかそういう話じゃなくて、大きく見れば私たちは周囲の人々の影響を受けずに生きられないから。
ひとと目を合わせるのは好き。話してるときとかに、こちらが目を合わせると逸らさないでいてくれる人には嬉しくなる。
あの人もそうだった。目が合っている間だけは、私の想いに空白なんて無かったのに…
-【君の目を見つめると】
ひとりで過ごす夜が好き。
周りに寝てる人しかいない、私だけの空間を満喫すると、そろそろ寝ないと、とベッドに目を向ける。
電気を消して、イヤフォンを外すと、真っ黒の世界に無が流れている。
なにかとラジオを聞いて、声によって安らぎを得ようとする私だけど、こういう空っぽな時間が特別にさえ感じられる。でも空っぽな時間は私に考える時間を与えるから、いろんな事でうまっていって、空っぽはあっという間にぱんぱんになってしまう。
ぱんぱんになった考え事の断片を整理しているうちに、眠くなって寝てしまう。
…そんな今日の終わり。
家の屋根も雲も飛び越えたその先には、今日も星が輝いて見えるのだろう。何億年も前に放たれた輝きが。
-【星空の下で】
例えば…。
「こないだの企画案についてなんだけどさ、○○○するのがいいんじゃないかなって」
「それでいいんじゃない?」
「明日のお弁当、おにぎりと唐揚げでいい?」
「それでいいよ」
「お母さん…。今日っ…、あいつと…喧嘩して…。あいつ、『もう嫌い、話したくもない』とかいうの…。ひどいよ。でも俺もっ、ひどいこと言っちゃった…。これから、どうすればいいんだよ…謝るなんて…」
「それでいいんだよ。その気持ちには充分誠意がある。だから、その気持ちをぶつけてあげたらどう?」
「それでいい」って聞くと、ある漫画(/アニメ)の主人公の「これでいい。」を思い出してしまい、感情じゃなくて理性で動く、目に光が宿ってないタイプの人が言いそうなセリフだな、と思ったけど。
考えてみると場合による。でも、それ「で」いいなんて言葉、私には似合わないだろうな。複数の中から「選んだ」選択肢だったなら、その選択肢と一緒になって生きてくんだから、相応の理由があってほしい。たとえそれが屁理屈でも。
-【それでいい】
しばらくぶりです。