稲荷山房

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9/17/2025, 1:18:33 PM

 繊細なレースがたっぷりと満ちたボンネット、優美で可憐なチュール製のドロワーズ、少し擦り切れた飴色の革靴。物語の中で、ときおりうつくしくひらめく装飾品たちを身につけてみたいと、幼心に思った。

 それで、球体関節人形を買った。
 長く艷やかな金髪を従えて微笑するさまは、さながら本物のようでーーー本物とはなにかと訊かれると、ほとほと困ってしまうがーーーまあ、懦弱で口なお乳臭の私を満たすには充分だった。大枚をはたいて迎え入れた少女は、乱雑な市営住宅の一室に凛として馴染まず対比が効いて、やたらと美しく見えた。
 こんなにも汚れた薄暗い家がこの美しい少女人形が棲み家という不憫が、かえって彼女の清純を露骨に引き立てているようだった。私には何故かそれが最上級の美に思えてならなかった。
 私は精一杯に少女を愛した。
 まるで、理想自己のように。

9/15/2025, 3:18:13 PM

ああ、トランクか何かに詰め込まれ
どこか遠くに行ってしまひたい!

湖畔の蒼々と静かな旅館の清潔な布団の上で
一人死んだやうに寝てゐたい!

何もかも打ち捨て、削ぎ落とし、散らかして
持ってゆくのは褪せたもの

ただ何も思考の内に入れず、人間さえも視より排して
涼しき日だまりで  蝉と蝶と木と
白昼の盛り
遊んでゐたい!

9/15/2025, 9:38:23 AM

 少女の目は酷く冴えざえとしていた。
激しくうねり立つような、あるいは吹き荒ぶような、凄惨な美しさをたたえてそこにあった。
「やっぱりあたしのこと、笑ってらしたのね。」
 海は潮が満ちてくるらしかった。カーテンが膨らんでは萎んで、あたかも波を打つようだった。稜線から少しばかり上に、細い月が傾いていた。随分と褪せている。
「嘲笑っていたんでしょう。ねえ、そうならそうと言って。でなけりゃ苦しいわ。笑ってらしたんでしょう?」
僕は押し黙った。それから、彼女の目を見つめたまま、
「笑うもんか。」と一言だけ投げつけた。
 なぜか今、彼女の混じり気のない真っ黒な眸が、ひときわ美しく見えた。
「嘘つき。」
 彼女は、恐ろしい勢いで僕の肩を左手で突き飛ばすと、さめざめと泣いた。まだ、先刻飲んだワインの酔いがあって、そのうちに少女はこっくりと眠ってしまった。眸と同じ色をした髪が生成りのシーツに散らばって、もう静かだった。