見つめられると。
ある日私と彼は喧嘩をした。
単純なことだ。
私がまた意地を張ってやっていたらそれを彼に図星をつかれ、カッとなってしまった。
「あなたってほんとうに無神経ね」
ああ、こんなきつい感じで言いたくなかったのに。
彼は怪訝そうな声でこちらを問い詰める。
「…何が?君が無理をしていることを言ったのが?」
それのどこが悪いのか?といつもより低い声で問い詰められる。
「無理なんてしてない!私はただ、頑張らなきゃ、って」
「頑張らなくていいんだよ、それが無理してるんだって」
私がどんな思いで毎日過ごしているかも知らないくせに!
私は頑張らないと周りに追いつけないんだからやらないと!
これぐらいできて当然なのに!
だから毎日やってるのに!!
私の今までの努力なんて無駄だと言われたとみたいで声を荒げようとする寸前で堪える。
落ち着いて、と思いつつどこか心が冷めていく。
私がやってきた努力なんて、あなたからみたらやめていい、と捨てられるぐらいのものなのか。
私がなんて言っても無駄な気がして、この場にいたくなくて後ろを向く。
「待ちなよ」
手を取られ正面に回り込まれる。
「離して」
「ちゃんと言ってって。言葉にしてくれなきゃわからない、って言ったよね?」
「っ、だから、」
肩に手を置いて目を合わせられる。
やめて。このままだとあなたの事を口汚く八つ当たりしそうなのに。
それでもあなたはきゅっとした目で私を見つめる。
ああ、知ってる。
本当はせっかちなあなたが辛抱強く私の話を聞こうとしてる、その癖。
そんな目で見られると、話してしまいそうになる。
私は纏まらない言葉を溢した。
「無理、ぐらい、しないと私は駄目なんだもの…、辛いなんて言えないよ…」
「駄目じゃないよ」
「だって、私の価値なんて、これぐらいできなきゃ」
「君は駄目なんかじゃない」
「…もう、むり、しんどいぃぃ…」
幼子のような言葉に私は恥じらいを覚え顔を伏せた。
そんな私の頭に彼の手が乗せられる。
「うん、ちょっと休もうか」
ああ、カッコ悪い。
***
ところにより雨。
私の雨は止むことは無い。
いつまで振り続けるのだろう。
もう疲れた…。
だらりと傘を持っていた腕を下げる。
じっとりとした空気。それに混じる匂い。お構いなしに雨は私に落ちる。
疲れた、疲れた。
バカみたい。
今度こそ、今度こそはと思ってた。
なのに今回も駄目だった。
勝負の世界は舞台の上での結果のみが評価される。
この舞台のために、何日、何ヶ月費やしただろう。
ぐらりと足元が歪むような感覚を覚える。
バカみたいだ。
一瞬で決まってしまうことのために今まで努力して、それを結果に繋げられなくて。
今まで何回失敗してきただろう。
バカだ、馬鹿だ、自分なんて。
ああ、悔しい。
拳をギュッと固め、感情が今にも爆発しそうだった。
でも、それでも。
目の前の優勝者の晴れやかな姿を見て思うのだ。
まだ、まだ終わりやしない。
いつかそこに昇ってやる。
この悔しさを無駄になんてするもんか。今日のおさらいと、反省をしないと。
敗者はその場から抜け出した。
努めて誰にも会わないように、この昂りを悟らせないように。
ここにまた一人強者が生み出される。
*
夢が醒める前に。
そんな事を言ったって時間は確実に過ぎていく。
そして気づく、もう戻ることはできず、進むしかないという事を。
この先はどうすればいい?
嫌だ、考えたくない。
止めろ、止めろ止めろ止めろ止めろ!
そう願うのにタイムリミットは目前だった。
覚悟も決まらず、何もわからず、ただ愚かにステージに立たされる。
不条理。
追い詰められた狐はジャッカルよりも凶暴だ。
何処かで聞いたような言葉が頭によぎる。
既に虫の息だと思っていたものは懐に忍ばせておいた銃で次々とこちら側の手勢を潰している。
ただ生き残るために。
鋭い動きで相手に近づき急所に一撃を与えていく。腕に、顔に、傷が付けられようとも歩みを止めず、後ろには倒れ伏した人の山になっていた。
どこにそんな力が。
確かに決定的な傷を負わせたはずなのに。
気が付けば目前まで近づかれていた。
異様な空気を持った悪鬼のようなものが、目を爛々とさせてこちらを睨んでいる。
ああ、なんだ。
こちらがハンデを負わしただけなのか。
「こんなの不条理だ」
そう呟いた私の意識はそこで途切れた。