「ティーカップ」
母のお気に入りのティーカップがあった。
決して高い物ではないけど、絵画風の柄が入っていて、とてもキレイなカップだった。
でも、引っ越しのさなかに何処かに行ってしまった。
ふとした時に、「あのカップ何処に行ったんかね?」と母が言っていたけど、私も探したけど見つからず、でも「なくなった」とは言えず、ネットとかで同じ物を探したけど、古い物だから見つからなかった。
その内に母に病気が見つかり、ベッドで過ごす時間が多くなり、物を考える時間も山程あって、又カップの話をする事も増えていた。
そして、結局見つからないまま母は亡くなってしまった。
何で母があんなに大事にしていた物を失くしてしまったんだろう?
自分の手の中にある時はぞんざいに扱って、失ってから大切さに気づく。
それは物だけではなく、人もそうだし、信頼とか、形のない大切な物もそう。
何度も失敗したのに、何度も後悔したのに、どうして私は同じ失敗を繰り返すのだろう?
失った物はどうにもならない。
だからせめて、今度こそはこの失敗を糧に、自分の手の中にある大切な物を失わない様に生きて行きたいと思う。
そんな事しか出来ないけど、せめてそれが、母に対する謝罪だと思うから。
「寂しくて」
貴方が居ない。
寂しい。
深い喪失感がある。
ただ一人を失った、ただそれだけなのに。
世界に人は溢れてる。
その中のただ一人だけなのに。
なのに、世界全てを失ったかの様なこの喪失感は何なんだろう?
この、深くてやるせない寂しさは、何なんだろう?
わからない。
何もわからない。
ただ一つ確かな事は、貴方は私にとっては、誰の変わりにもならない、かけがえのない、ただ一人の人だと言う事。
私にとっては、世界の全てを失っても、それでも失くしたくないただ一人の人だと言う事。
そんな貴方を失い、ただ今はひたすら寂しい。
辛い。悲しい。苦しい。
貴方が、愛しい……
「心の境界線」
平常心と狂気の境界線は何処なのだろうか?
常識とか、世間体とか、法律とか、道徳とか。
そんな事を気にして、それを自分の行動規範にするのがいつもの当たり前で。
でも、何かのきっかけでそれが狂気に変わってしまうかもしれない。
深い悲しみや絶望。
激しい怒りや恐怖。
ボタンを掛け違えてしまった愛情。
いつ、何が、何処で、心の境界線を越えるかわからない。
一生涯、超える事はないのかもしれない。
でも、絶対にないとは言い切れない。
自分に出来る事は、心の境界線を越えない様に、自分を律して生きていくしか出来ない。
そんな日が来るかもしれない、と言う恐怖を抱きながら、それを恐怖だと思うからこそ、心にその恐怖を留め置いて、そうならない様に生きていくしか出来ない。
「透明な羽根」
この背中の透明な羽根は、私の心の持ち様によって、純白になったり、漆黒になったりする。
でも、純白だけが正しい訳ではなく、場合によっては漆黒が正義の時もある。
キチンと自分の目で状況を見極めて、自分の心の物差しで何が最善か、何が正しいかを判断して。
多数に呑まれたり、権力におもねったり、くだらない忖度をしたり、そんな事は絶対にせずに。
自分の心の中の道徳に、正義に従って、私は天使にも悪魔にもなる。
「灯火をかこんで」
心の中に灯火がある。
私の心を温かくしてくれる、優しい人の言葉とか、優しい人のしてくれた事とか。
その灯火を囲む様に、私の行動基準や、生きる為の「芯」みたいな物がある。
人を温かくさせられる様な人になりたい。
人の心に、灯火を灯せる様な人になりたい。
私の心に灯火を灯してくれた人の様に、なりたい。
そう思って、いつも生きて行きたい。
時には後ろ向きになったり、嫌な自分が顔を出したりする時もあるけど。
でも、灯火を灯せる自分である様に、努力は忘れずに生きて行きたいと思う。