「待ってて」
もう少しだよ。待っててね。
もうすぐなの。
もうすぐ、私達一緒になれるなよ?
邪魔なアイツも、あの子も、あの人も。
ちゃんと私が全部片付けたよ?
貴方いつも言ってたじゃない。
「アイツらさえ居なければ、君と一緒になれるのに」って。
「お互いに出逢う順番を間違えたよね……君と先に出逢えて居れば。」
「待ってて。僕の方はもう少しだから」って。
「君は慌てなくていいよ。僕はいつまでも君を待てるよ」って。
だから、私。思ったの。
貴方だけに何かさせるのも悪いし、第一、私は待ってるだけの女じゃないし、待たせるだけの女でもないの。
貴方が私を待たせないで済む様に。
私が貴方を待たせないで済む様に動けばいいじゃん、って、思ったの。
だから、待ってて。
ホントにあともう少しだけだから。
「伝えたい」
意地を張って言えなかった「好き」を。
照れくさくて飲み込んでしまった「ありがとう」を。
伝えきれない程の「感謝の気持ち」を。
いつでも言えると思って、結局言えないまま喪ってしまった母へ、伝えたい。
最期の時に間に合わず、最後の一言を伝えられなかった。
それが今でも悔やまれるけど。
でも、きっとあの母の事だから、私が言いたい事とか私の気持ちなんて、全てお見通しだったと思う。
けれども、こうやって伝えられない思いを経験させる事で、今後は私が悔やむ事をしない様に最後に教えてくれたんだろうな、とも思う。
だから、これから先の人生は。
伝えたい事はすぐに伝える。
いつか、が確実ではない事を学んだのだから、その経験を無駄にせずに生きていく。
「ありがとう」
「この場所で」
60才になったらこの場所で会いましょう。
その頃には貴方も私も成長して、笑い合える様になれたらいいと思う。
今はまだお互いにわだかまりもあるし、許せない事もある。
30才だとまだ許せないかも。
40才だと、許せるフリは出来ても、心の底からは笑えないかも。
50才だと、許せても、笑えても。その分逆に変な未練が顔を出すかもしれない。
だから、60才位が丁度いいかな?と思う。
その時に、心からの笑顔で貴方に逢える様に。
貴方の瞳を真っ直ぐに見つめられる自分で居られる様に。
貴方の前で誇れる自分で居られる様に。
そんな私を目指して、その日の為に頑張ろう。
そして、私と離れた事を、少しでも悔やんでくれたら嬉しい。
本音を言えば、地団駄を踏むくらい、歯噛みするくらい、悔しがって欲しい。
そんな日を目指して、頑張ろうと思う。
「誰もがみんな」
誰もがみんな、それぞれに大切な人が居る。
誰もがみんな、それぞれに譲れない想いがある。
誰かにとっての正義は、誰かにとっての悪になるかもしれない。
誰かにとっての善意は、誰かにとっての悪意に成り代わるかもしれない。
それでも、人は人を想わずには居られない。
自分の、自分の愛しい人の為に、動かずには居られない。
それぞれが、それぞれの正義を信じ、愛を見つめ、自分を正当化する。
それは、果たして正しいのか、間違っているのか。
きっとそれは誰にもわからないと思う。
だから、少しでいい。
自分や自分の想い人以外の目線で、気持ちで、立場で。
考えてみよう。
自分と正反対の考えや立ち位置であったとしても、一旦立ち止まって考えてみよう。
その結果どうするかを考えよう。
きっと、何も考えないよりは、少しでも正しさに近い事が出来ると思う。
皆が、それぞれに誰かの為に動くのは、ホントは優しい世界だと思うから。
だから、その優しさを、自分の周辺だけではなく、少しずつ広げていこう。
そうやって、少しずつでいいから、優しい世界にしていこう。
「花束」
花束を貰うと、単純に嬉しい。
花は決して実用的ではないけれど、その分贅沢で、でも人々の生活に息づいている。
そして何より、可愛いし、美しいし、いい匂いがする。
だから、その可憐さも、匂いも、全てが嬉しい。
そして逆に、花束を人に贈る時にはワクワク、ドキドキする。
どうすれば、どれを選べば喜んでくれるんだろう?と言うワクワク。
その反面、もし喜ばれなかったら、と言う不安のドキドキ。
でもきっと、花束を貰ってどうすればいいか分からなくて当惑する人はいるかもしれないけど、嫌がる人は少ないと思う。
そう信じて、大切な人に花束を贈ろう。
日々の感謝の気持ちや、愛情を込めて、贈ろう。
きっとこの気持ちが届くと信じて。