「8月31日、午後5時」
今日の事は思い出せる。
でも、よっぽど記憶に残る出来事がない限り、1年前のこの時間に何をしていたか?と問われても答えられない。
カレンダーを見る、とか、手帳や日記を書いている人ならそれを見る、とか、何かヒントがあればまだ思い出せる可能性はあるけど、ただ漠然と聞かれてもほぼ思い出せない。
代わり映えの無い、平凡な毎日。
でも、本当はそれがかけがえのないもの大切な時間の積み重ねだと気づくのは、いつも決まって失ってから。
平凡で、代わり映えせず、刺激のない、昨日と同じ今日。
でもそれは、平和で、諍いがなく、悪い変化のない、昨日より悪くなっていない今日。
時間に追われ、ただ毎日を消費する様に過ごしてしまいがちだけど、その一瞬一瞬が、かけがえのない大切な時間だと言う事を、時々でいいから思い出して、愛おしんで生きていきたいと思う。
「ふたり」
一人で居るのが好き。
人と居るのも楽しいけど、気を遣うし気疲れする。
だから、知り合いは沢山居るけど、友達と呼べる人は少ないし、無理に欲しいとも思わない。
でも、あの子とならふたりで居ても疲れない。
考え方も似ているし、価値観もほぼ一緒で、話をしていても、会話の裏を読んだりとか、勘ぐったりとかしなくていい。
大人になって、お互いに家庭を持つと会う回数は減るけど、でも、離れていてもきっとあの子も頑張っているんだろうな。と思えるから、存在自体が励みになる。
孤独が好きな私に、一人でいるより、ふたりでも良い事がある、ってあの子が教えてくれた。
あの時から、私の中で「ふたり」の意味が重荷から違う物にカタチを変えたよ。
ホントに有難う。
これからもずっと友達で居たいと思う。
そして、これからも、あの子にそうしたいと思われる様な、胸を張れる自分で居たいと思う。
私が気づいた「ふたり」の意味を、大切にしていきたいと思う。
「心の中の風景は」
いくつになっても、何処に行っても、誰と居ても。
私の心の中の風景には、必ず貴方が居る。
空気の様に、当たり前に私の側に居てくれる。
毛布の様に、いつも私を包んでくれる。
その大きな愛で、寛容な気持ちで。
いつか、私は貴方のその愛に報いる事が出来るのだろうか?
貴方の心の中の風景にも、私の居場所はあるのだろうか?
先の事は分からないし、貴方の心の中も私には見えない。
だから、私なりに精一杯貴方を愛して、貴方の心の中に居続けられる様な私で在りたい。
その為に、日々たゆまぬ努力を続けられる自分で居たい。
「夏草」
夏草、と聞くと、凄く力強いイメージがある。
暑さや水不足にも負けず、真っ直ぐに太陽に向かって、ぐんぐんと力強く伸びるイメージ。
逆に、冬の草と言うと、陽も当たらず雪の下で耐え忍んで、その時の為に力を溜めて、春を待って一気に芽が出る、みたいな感じで、何だか健気なイメージ。
でもよく考えると、どちらも辛抱強く、力強く。
人よりもよっぽどしたたかで、強い生き物だと思う。
私も、逆境に負けず、自分の持つ力を解き放てる時を間違えず、キチンとあるべき場所で、あるべき時に、芽を出せる自分になりたいと思う。
辛さを肥料にして、より強く、明るく、大きく、キレイに。
したたかに輝ける自分になりたい。
「ここにある」
目には見えない。
触る事も出来ない。
でも、確かにここにある、絆。
この縁が一生途切れずに続く事を、心から望む。