踊る影
顔を上げれば
モンシロチョウ
「散歩道での出来事」
⊕モンシロチョウ
慌ただしい数日が過ぎ、先程まで遊びに来ていた友人を見送った後。
静まり返ったリビングで一息つく。
惰性で周囲を見渡すと、案の定シェルフに白い兎の人形が置いてあった。
手に取ってみると、手のひらにすっぽり収まる瀬戸物の人形はひんやり冷たく、少し重たい。
一周見たあと、再びシェルフに戻す。
人形の持ち主――友人は、年に一度だけ遊びに来る。
事前の連絡はない。
実のところ、連絡先も知らないのだ。
出会いもあまり記憶がないが、小学生くらいから知っていた気がする。
決まって同じ月、同じ日から約一週間ほど滞在して去っていく。
いつからかそれが暗黙の了解になっていて、僕もこの時期になるとなるだけ予定を入れないように調整していた。
天の川を渡って再会する彦星と織姫のようだが、そんなロマンチックな雰囲気でもない。
数日間、語って遊び明かしてまた来年。
雨が降れば家にいるし、晴れた日には外で遊ぶ時もある。
それ位、気軽な関係だ。
そして去り際には、この兎の人形のように毎回『忘れ物』をしていく。
別れの前日に喧嘩して気まずいまま見送っても、必ずどこかに置いてある。
喧嘩した年は罪悪感を抱えた一年になるが、それを目につく所に保管しておく。
次の年に会ったらこう言うのだ。
「また忘れ物してたぞ」と。
忘れ物の主は態とらしく笑いながらそれを受け取り、近況を話し始める。
それがいつもの流れだ。
それまでは、時折『忘れ物』に目を向けては暗黙に交わされた約束の日を待つ。
一年越しの約束を楽しみにしているのは、僕だけではないと信じて。
「暗黙の約束」
⊕一年後
あの胸の高鳴りは、確かに本物だった。
触ったら傷つくのでは、と
恐れるほどきれいな肌。
輝く黒に、つぶらな瞳。
体は全体が覆えるほど小柄で
適度に丸みを帯びていた。
僕はひと目で彼女に恋をした。
彼女を迎え入れてからは、
あんなに傷つかないよう気を配っていたのに。
僕のポケットから落ちた彼女は、
かけていたカバーを脱ぎ去り
冷たい地面に叩きつけられた。
傷ついた彼女を震える手で胸に抱き、
さめざめと泣きながら、彼女との出会いを思い出していた。
携帯ショップの店員を横目に、恋をしたあの日を。
「人でなくとも」
⊕初恋の日
明日世界が終わるなら
明後日は何が始まるのだろう
終わりのあとは始まりだけ
でもそこには、自分を含めて誰もいない
本当は『明後日』という概念もない
でも多分、僕は世界の終わりの最後まで
次の始まりを夢想してる
「終わりと始まり」
⊕明日世界が終わるなら
張り合いのない仕事ほど、つまらないものはない。
どんなに美しい宝石も、どんなに歴史ある考古物も私の前ではただの獲物。
獲物に張り合いを求めても意味はないが、私を追いかける警察も骨のある者は中々いない
そもそもこの仕事に張り合いを求めること自体が不毛なのか、そう思い始めた頃、彼は突如として現れた。
いつものように出した予告状に、返事が返ってきたのだ。
返事、といっても直接ではない。
こちらから一方的に送りつけている予告状なのだから、返事を送りようがないのだが、彼は私が下見に来ると予想していたのだろう。
下見に来ていた私は予告状に書いた獲物の近くに、このような一言が添えられていた。
『その挑戦、引き受けましょう』
署名として書かれた名は知らぬ名だったが、このように返事が返ってきたのは初めてで、妙にワクワクしていたのを覚えている。
あとかろ知ったことだが、彼は元警備会社勤務で警察に協力する探偵だった。
台頭してきたばかりの探偵は、名探偵と呼ばれるには実績が足りなかった。
とはいえ探偵を名乗り、私を追うと決めたからには追いかけてもらわねばつまらない。
怪盗と探偵。
誰もが一度は夢見るだろう。
かくいう私も何度も夢見た状況がやっと叶ったのだ。
ぜひとも彼には名探偵になってもらい、私の仕事を見届けて欲しい。
そうと決まれば社交ダンスに誘うが如く、手取り足取り導いてやろう。
ああ、本業以外に名探偵の育成など、これ以上に張り合いのある仕事があるだろうか。
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探偵という職について気づいたことがいくつかある。
ドラマのような殺人事件には中々手は出せない。
大抵は身元調査やら探しものやら、何でも屋みたいなもの。
そして、最初のようにドラマ性のある仕事にありつきたければしがみついてでも実績を作るしかない。
探偵の前に就いていた警備会社の伝手で、コンサルタント業として泥棒を追うようになって早数年前。
何度目かに着手した案件で、『怪盗』を名乗るアイツと出逢った。
その界隈では有名らしく、コイツを捕えれば俺の実績も箔が付くかもしれない。
そう考えた俺は、こともあろうに奴の予告状に対して『返事』を書いてしまったのが運の尽きだ。
当時、何人かの小物の逮捕に貢献してきた驕りもあり、あの時はまだ青かった、と少し後悔しないでもない。
お陰で、以降はやってくる案件の半分が奴絡みの案件になってしまったのだ。
毎度毎度、眼前でフラフラと煽るように現れたかと思えば、不敵な笑みを浮かべて消えていく。
手を伸ばしても既の所で捕まえられず、アイツが残した謎を解く時もどこかに必ず痕跡を残していく。
まるでアイツが進んだ軌跡を追わされているような、そんな違和感を感じ初めた頃。
漸く奴の手首を捕まえてやった。
奴はいつもの軽やかな動きを止め、振り返ったかと思えばいつものように不敵な笑みを浮かべていた――。
一瞬ののち視界が暗転し、その後の記憶はない。
恐らく何かで気絶させられたのだろう。
またしても奴に逃げられてしまった。
あの時の最後の記憶は、掴んだ手の感触といつもの笑み。
それから、耳の奥残った奴の声。
『待ってましたよ、私の"名"探偵』
思い出すだけで鳩尾辺りがムカムカしてきた。
いつの日か必ず、アイツの鼻を明かしてやる。
「私の好敵手」
⊕君と出逢って