張り合いのない仕事ほど、つまらないものはない。
どんなに美しい宝石も、どんなに歴史ある考古物も私の前ではただの獲物。
獲物に張り合いを求めても意味はないが、私を追いかける警察も骨のある者は中々いない
そもそもこの仕事に張り合いを求めること自体が不毛なのか、そう思い始めた頃、彼は突如として現れた。
いつものように出した予告状に、返事が返ってきたのだ。
返事、といっても直接ではない。
こちらから一方的に送りつけている予告状なのだから、返事を送りようがないのだが、彼は私が下見に来ると予想していたのだろう。
下見に来ていた私は予告状に書いた獲物の近くに、このような一言が添えられていた。
『その挑戦、引き受けましょう』
署名として書かれた名は知らぬ名だったが、このように返事が返ってきたのは初めてで、妙にワクワクしていたのを覚えている。
あとかろ知ったことだが、彼は元警備会社勤務で警察に協力する探偵だった。
台頭してきたばかりの探偵は、名探偵と呼ばれるには実績が足りなかった。
とはいえ探偵を名乗り、私を追うと決めたからには追いかけてもらわねばつまらない。
怪盗と探偵。
誰もが一度は夢見るだろう。
かくいう私も何度も夢見た状況がやっと叶ったのだ。
ぜひとも彼には名探偵になってもらい、私の仕事を見届けて欲しい。
そうと決まれば社交ダンスに誘うが如く、手取り足取り導いてやろう。
ああ、本業以外に名探偵の育成など、これ以上に張り合いのある仕事があるだろうか。
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探偵という職について気づいたことがいくつかある。
ドラマのような殺人事件には中々手は出せない。
大抵は身元調査やら探しものやら、何でも屋みたいなもの。
そして、最初のようにドラマ性のある仕事にありつきたければしがみついてでも実績を作るしかない。
探偵の前に就いていた警備会社の伝手で、コンサルタント業として泥棒を追うようになって早数年前。
何度目かに着手した案件で、『怪盗』を名乗るアイツと出逢った。
その界隈では有名らしく、コイツを捕えれば俺の実績も箔が付くかもしれない。
そう考えた俺は、こともあろうに奴の予告状に対して『返事』を書いてしまったのが運の尽きだ。
当時、何人かの小物の逮捕に貢献してきた驕りもあり、あの時はまだ青かった、と少し後悔しないでもない。
お陰で、以降はやってくる案件の半分が奴絡みの案件になってしまったのだ。
毎度毎度、眼前でフラフラと煽るように現れたかと思えば、不敵な笑みを浮かべて消えていく。
手を伸ばしても既の所で捕まえられず、アイツが残した謎を解く時もどこかに必ず痕跡を残していく。
まるでアイツが進んだ軌跡を追わされているような、そんな違和感を感じ初めた頃。
漸く奴の手首を捕まえてやった。
奴はいつもの軽やかな動きを止め、振り返ったかと思えばいつものように不敵な笑みを浮かべていた――。
一瞬ののち視界が暗転し、その後の記憶はない。
恐らく何かで気絶させられたのだろう。
またしても奴に逃げられてしまった。
あの時の最後の記憶は、掴んだ手の感触といつもの笑み。
それから、耳の奥残った奴の声。
『待ってましたよ、私の"名"探偵』
思い出すだけで鳩尾辺りがムカムカしてきた。
いつの日か必ず、アイツの鼻を明かしてやる。
「私の好敵手」
⊕君と出逢って
5/6/2024, 6:33:43 AM