「なに描いてるの〜?」
俺がベランダで夜空を見上げながらスケッチしていたのを後ろから翔くんが声をかけてきた。
「あれ、ほら」
暗闇の中に輝くあの三日月を指差す。
しばらくキラキラとした月に見惚れていると
「月が綺麗ですね」
とイケメンスマイルで言ってきた。
「もう、なんだよ」
「あれ?智くん知ってるんだ」
口角を上げそれこそ三日月のように口元がニヤッと動く。
「はあ…?俺だって分かるよそれぐらい」
なぜか余裕じみた翔くんに苛立ちが覚える。
じゃあどういう意味?と聞いてきたから、得意気に言った。
「あなたが好きです」
あ、と思ったときにはもう遅かった。
言った瞬間、口を塞がれた。
「俺も」
そう言って部屋に戻っていった。
今はまだ、三日月のスケッチに集中できそうにない。
昨日の夜、電話で翔くんが
『智くんとお正月過ごしたい』
とか言って、ほいほい予定を決めやがった。
神社でお参りしたい、と。
普通に実家にいた俺は、急に予定が入ったせいでもう自分ちに帰らなくてはならなかった。あったかい部屋でゆっくりまったり過ごしたかったのに、誰かさんのせいで外に出る羽目になってしまった。
断れない自分が憎い…。
昔からそうだ。翔くんの押しに弱い俺は、同じ高校に行きたいからってあんまり勉強できない俺に付きっきりで教えてくれたし、サッカーをやりたい(なんで2人で?)って毎週練習場に連れて行かれたし…。
なんでか翔くんは、ずっと俺と一緒に過ごしていた。勉強もスポーツもできて誰にでも優しく、おまけに顔まで良いから、クラスの人気者だった。なんであいつが…って俺のことを毛嫌いしてるヤツもいたけど、翔くんは
『あんなヤツら、気にしなくていいよ』
ってすんごい笑顔で言われたなあ。
…と昔のことを思い出していたら約束の時間が迫っていたので靴を履いて集合場所まで走った。
待ち合わせ場所が見えてくると、ひとり、寒そうに手を擦り息を吐いているやつがいた。
「しょおーくーん!」
傍まで走って、膝に手をつきはあはあと息が漏れる。
「ゴメン、待った?」
「ううん、今来たとこ」
息も落ち着き、上を見上げると何故か頬が赤くなった翔くんの顔が。
「智くん…今のなんか、恋人みたいだったね」
…何言ってんだこいつ。
参道にはたくさんの人でごった返していた。
「うわ、人でいっぱいだね」
「うん…とりあえず並ぼっか」
やっとあと数人、といったところまで来ると
急に翔くんが流石に分かるよね?と聞かれて、なんだよと返すと
「智くん、二礼二拍手一礼ね」
と言ってきた。
「にれいにはくしゅいちれい…」
うん。大丈夫、全然わかる。
とうとう自分たちの番だ。お賽銭を入れ、ちょっと薄目で翔くんの方を見ながら、にれいにはく…とかいうのをやった。
帰り道。神社でおみくじを引いたり屋台で売ってたりんご飴を食べたり、それなりに満喫してしまった。いや、別にいいんだけど。
「そういえば智くんはなんてお祈りした?」
「俺は…別に。ふつーだよ」
言いたくない…言ったら恥ずかしいもん。翔くんに絶対からかわれる自信ある。
「え?なになに?普通って」
ニヤニヤと俺のことを見てくる。こんな感じでイケメンなの、許せん。
「べ、別に俺のことはどうだっていいから。翔くんは?」
「ん?智くんとずーっと一緒にいられますように」
「っ、え」
多分、今、俺、顔が超赤いと思う。翔くんの方向けない。てか、なんか言えよ。なんで何も言わねえんだよ。
…気まずいまま、隣を歩いて一瞬、手が触れた。そのまま、ぎゅっと握る。
神様、どうやら、もう願いは叶ったようです。
この人と、沢山の思い出を作れたのは宝物だ。
今は隣でずるずると年越しそばを食べている。
うちで最愛の人と年を越せるなんて、こんなに嬉しいことはない。
なんて思っていたら、箸を置き俺の方を見た恋人。
「翔くん、今年もありがとね」
急にそんなことを言われると涙腺が…
「智くん…こちらこそありがとうございました」
いつも助けてもらってばかりだった俺。来年は絶対支えられるような存在になりたい。
「んふふ。これからもよろしくねえ」
「あ、俺、も…末永くよろしくお願いします!」
「何それプロポーズ?」
眉を下げてあははっと笑い合う。いつまでも、こんな時間が続けばいい。
辛いときも楽しいときも、一緒にいよう。
それでは皆さま、良いお年を!
ピーンポーン
毎朝、チャイムを鳴らしてやってくるのは、俺の幼馴染。カバンを手に取り、母さんに行ってきますと言ってドアを開けた。
「おはよう。智くん」
朝からこんなにキラキラした笑顔を振りまく彼、翔くんに少し圧倒されながらおはようと返した。
翔くんはいつもたくさんの話をしてくれる。口下手な俺はそれにうん、とかそうなんだ、とか相槌を打つだけ。でもこの気を遣わない雰囲気にいつも助けられていて、この時間がいつも楽しかった。こんな日がずっと続いてほしい、そんな思いだった。
しかし、
ある日、いつもの時間にチャイムが鳴らなかった。
おかしいなと思い、扉を開けた。でも翔くんの姿はなかった。
学校に着いて、翔くんの席の方を見てもただ机と椅子が置いてあるだけ。
2日目、3日目になっても翔くんはウチに来ることはなく日は過ぎていった。
翔くんがいなくなってから数日後、母さんからポストに入ってたわよーと手紙を渡された。書いてあった内容は
“また明日”
ただ、それだけ。
こんな状況になっても、俺は自分から何かしようとはしなかった。今考えれば、迎えに来てくれたのも、話を振ってくれたのも、翔くんからだった。
朝、家を出る時間になった。
時計はいつもと同じ時刻を指している。
もちろんチャイムは鳴らない。
それからの朝は、静かになった。
俺の旅路の中で、1番思い出があるのは貴方に出会ったことだ。
君にごはんを作るんだ。でもちっとも減らない。
「いってきます」「ただいま」も勿論言うよ。返事は返ってこないけど。
なんであのとき素直に言えなかったんだろう。
理由は単純。
照れくさかったから。
それでもずっと待っていてくれた。
君の優しさに気づかなかった。
でも、今なら言える。
君が好きだ。