恋人の智くんは俺と本当に付き合っているのかと思うぐらい全然構ってくれない。ご飯を食べに行ったり買い物をしたりすることはあるが、それ以上のことはしない。お互いの家にだって、まだ数回しか行ったことがない。
本当だったら、ご飯も買い物もせず俺の家で智くんと一生一緒にいたい。体の関係も持ちたい。あなたを愛してる人は俺しかいないんだって気づかせたい。
けど敵わない。
彼には相手がいる。
俺はちゃんと告白した、はず。智くんは全然相手にしてくれない。いつもにこにこ笑って上手く躱す。諦めたらいいのに。
あんなヤツと付き合う智くんはどうかしてる。
あの人にだけ、かわいこぶって、優しくして…絶対自分の方が頭も顔も性格も良い。智くんを悲しませたりなんかしない。
さっさと別れさせよう。そして2人で生きていこう。
智くんがいたら、俺はなんにもいらないのに。
あれは、突然の電話だった。仕事から帰ってきた俺はいつものように手洗いや着替えを済ませ、冷蔵庫からビールとおつまみを取り出し晩酌を始めようとした。そのとき、机に置いていたスマホが鳴りだした。誰だろう、と確認すると愛しの人からの電話だった。いつもは全然メールや電話もしてくれない人だったため、嬉しくなりすぐ応答を押す。
「もしもし、どうしたの?智くん」
「しょーおーくんっ?」
「はい?」
いつもより砕けた口調に少し違和感を感じる。
「むかえきて〜今ね、どうりょうの人と、お酒のんでるの」
ガヤガヤと周りの人の声が聞こえる。
「は?え、ちょ、」
「てことでよろしくう〜」
そのまま、ブチッと無機質な音が響いた。
…沸々と怒りが湧いてくる。
俺の恋人は、完全に酔っ払っていた。
しかし、そこが怒りの沸点ではない。人と一緒に呑んでいることが問題なのだ。
実は、今日一緒にご飯に行く約束をしていたのだ。でも彼から「ごめん、ちょっと行く場所があるんだ」と言われ断られた。大事な用事なんだろうと気にしていなかったが、まさか飲み会で、しかも大勢いるところにあの姿を晒しているのだと思うと居ても立ってもいられなかったのだ。
彼にとって恋人という存在は一番ではない。でもそんなんだったら、俺を優先してほしかった、と嫉妬してしまう。
車に乗り込み、法定速度ギリギリでぶっ飛ばし、その宴会会場に向かった。
辿り着き中に入ると、大勢の客で賑わっていた。奥の方へ進むとあっ!と声を上げ、こちらに近づいてくる人がいる。
「翔くん。やっと来た」
にこっと智くんが笑うと、後ろにいた同僚らしき人達がひゅーひゅーとからかうような声を上げた。
「じゃあ、おさきに、しつれいしまあ〜すっ」
智くんは俺に腕を絡ませて、行こ?と首を傾げた。自然と上目遣いになって頬も赤く思わず抱きしめたくなったが、もしやってしまったら恥ずかしがり屋な彼は一生させてくれなくなるかもしれない。さっさと車に乗り込み助手席に座った智くんは窓から夜景を見つめていた。
きらめく夜の街より、ずっと彼の方が美しく、見惚れてしまう。誰かに奪われるんじゃないかっていつも思うのだ。今日の飲み会だって襲われるのではと心配になるし、仕事のときもその独特な雰囲気に魅了されると焦る。こういうことを言うと「何言ってんだよ翔くん。誰もこんなヤツ相手にしないって」と返されるが自分の魅力に無自覚な所に思い悩む。
だから、あなたのためになら、何だってするよ。
何気ないふりをして。
俺はあなたが好きだ。
いつも言ってるこの言葉に、智くんはあ〜はいはいと返すだけ。
恋人だよねと確認したくなるけど、まあ今はいい。
これから自覚させてあげなきゃ。
俺がいないと何もできないって。
ご飯を作ってあげたり、洗濯してあげたり、部屋を掃除してあげたり、身の回りのことはぜーんぶ俺がやってあげる。だって好きだから。尽くしたいじゃん?恋人のためならね。
もし別れたいなんて言ったら、俺がすぐに出て行って、智くんは何もできない自分に焦って、やっぱり戻ってきてって懇願するぐらいには依存させたい。
正直、俺ん家から出て行かないでほしい。仕事は全部あなたのためにやってあげたい。でもきっと彼は優しくて馬鹿だから断るだろう。どう考えても俺の方が仕事できるし、心配しなくたっていいんだけど。
だからね、この小さな箱の中に閉じ込めて、一生一緒にいてあげる。
翔くんはめちゃくちゃ優しい。
俺が帰ってきたら嬉しそうにおかえりって必ず言ってくれるし、机に座ったまま寝てしまったときはブランケットをかけてくれてたし、家で仕事してたらお疲れ様って言ってあったかいココアをくれるの。
俺も翔くんみたいに優しくなりたいなあ…。
智くんはすごい優しい。
仕事で嫌なことがあって愚痴ってもずっと話を聞いてくれるし、仕事で疲れてるだろうに頑張ってご飯を作ってくれるし、俺がちょっと元気なかったらすぐ大丈夫?って声をかけてくれる。
智くんを見習って、俺も気遣いができる優しい人になりたい…。
2人とも感じてる優しさは、お互いに尊敬しあっていることに気づかないまま。
「なに描いてるの〜?」
俺がベランダで夜空を見上げながらスケッチしていたのを後ろから翔くんが声をかけてきた。
「あれ、ほら」
暗闇の中に輝くあの三日月を指差す。
しばらくキラキラとした月に見惚れていると
「月が綺麗ですね」
とイケメンスマイルで言ってきた。
「もう、なんだよ」
「あれ?智くん知ってるんだ」
口角を上げそれこそ三日月のように口元がニヤッと動く。
「はあ…?俺だって分かるよそれぐらい」
なぜか余裕じみた翔くんに苛立ちが覚える。
じゃあどういう意味?と聞いてきたから、得意気に言った。
「あなたが好きです」
あ、と思ったときにはもう遅かった。
言った瞬間、口を塞がれた。
「俺も」
そう言って部屋に戻っていった。
今はまだ、三日月のスケッチに集中できそうにない。