自転車に乗って
強い日差しが照りつける帰り道、ただでさえ暑いのに、坂道は本当に嫌になる。
直射日光と上り坂、この組み合わせは最悪だ。
そんなことを考えながらも、1歩ずつ足を踏み出して坂を登るしかない。
「やっほー」
気楽な声が背後から飛んできた。
「後ろ、乗ってく?」
電動自転車に跨る彼は、暑さを微塵も感じていないかのように爽やかで、羨ましい。
私は二つ返事で自転車の荷台に跨った。
二人分の重さを感じていないかのように、電動自転車はスイスイと坂道を上っていく。
今日は家に帰るまでの時間が短くて嬉しい。
だけど、彼の背中にくっついていられる時間は短すぎて寂しい。
「ねぇ、寄り道してかない?」
愛言葉
好き。
愛してる。
一生離れない。
言葉なんて、その場だけ。
次の瞬間には、ふっ、と消えて無くなるもの。
何が本当で何が嘘か、後にならないとわからない。
贈られた言葉を信じた分、深い傷が自分に刻まれる。
もう何も聴きたくなくて、私は心に蓋をした。
耳に入る言葉はそのまま聞き流し、心で受取るのはやめた。
だけれど、態度で示してくれる貴方の言葉は心地よかった。
信じてもいいかもしれないと、私の心を惑わせた。
「死ぬ時は、一緒だよ」
私はいつもそう言って、貴方の愛を確かめた。
互いに愛し合っていることを確認する、合言葉だった。
あぁ、なぜ今こんなことを考えているのだろうか。
赤く染まった視界がぼやける。
愛しく握りしめた手は、とうに冷たくなっていた。
君の奏でる音楽
雨降りの日、君は決まって家の庭で雨宿りをしている。
声をかけてもそっぽをむく君を、私はそっと抱えて家の中に入った。
濡れた体を優しく拭いてやり、温かなミルクを振る舞うと、君は少し安心したような顔をする。
何度か同じようなことを繰り返すと、君はいつの間にか毎日家の庭にやってくるようになった。
私は君を見かけたら窓を開けて、快く君を招き入れた。
君の感情表現は、まるで音楽のようで心地よい。
嬉しい時は、エンジン音のように大きな低音で喉を鳴らす。
怒っている時は、唸り声を出しながら、シャーッと威嚇する。
寂しい時は、小さくニャオンと鳴いてみる。
美味しい時は、ご飯を食べながらニャムニャムと舌鼓をうつ。
これからもその小さな体で、私の耳に幸せな音色を届けておくれ。
上手くいかなくたっていい
――あなたは本当に出来損ないね。
幼い頃から何度も何度も、親に言われて続けてきた。
決まって兄と比べられる時に。
兄は何でもできた。生まれ持った才能。天からの贈り物。
それに比べ、私は平凡。何をやっても兄に敵うことはなかった。
それでも私にとって、兄は憧れであり目標だった。
大人になってからも、しばし兄と比べられる機会はあった。
しかし、子供の頃と違い、能力や実力の差は開くばかりで、もう私は兄と比べられる対象ですらなくなっていった。
「でも私は、例え兄より劣るあなたでも愛してる。
私にとってはあなたが世界一、素敵な人だから」
そう言って微笑むパートナーを、私は優しく抱き締めた。
私は兄に憧れると共に、常に自分に劣等感を抱いて生きてきた。上手くいかない自分を責め続けた。
でも、そんな自分でも、認めてくれる、見ていてくれる人がいた。
私はとても、幸せ者だ。
蝶よ花よ
(注意:本来の言葉の意味とは違う解釈をしています)
私はあなたを世界一愛しているけど、他の誰も、あなたに見向きはしない。
いや、正確には見ても決して近寄らないのだ。
あなたは傲慢で、誰に対しても威圧的で攻撃的だから。
そう、例えるならあなたは高嶺の花。美しい薔薇だ。
私の愛も、あなたにとってはどうでもいいのだろう。
まるで私は薔薇に魅了された蝶だ。
蜜を吸いたくても、薔薇には沢山の棘がある。自分を守る為の。だから私はあなたの近くをひらひらと舞うだけ。
あなたはこの先も、一人でいるのだろうか。