「大人ってどんな感じなのかな」
机にほおずえをつきながら 君はぽつんと置かれた
教卓を見ながら そう言った。
彼女は大人を知る前に 堕ちて行った。
勿論 彼女の副産物である俺も 大人なんぞ知らない。
でも 大人は狡い人が多い。
少なくとも 彼女の知っている大人は そういう人が多かった。
だから
「知ったら 後悔する」
って 半分脅しのような言葉で 言った。
君にはまだ 子供のままで居て欲しいから なんて。
大人になれば いつか自分を曲げてしまうだろうから。
大人になれば きっと"俺達"に蓋をするだろうから。
「ふーん」
あたかも 俺が知っている口振りで言ってしまった
せいだろうか 彼女は拗ね気味だった。
「俺は そのままのお前も好きだから
どうだっていいだろ」
どうか"そのまま"でいて欲しい。
そんな事を考えながら 君の頭をわやくちゃに撫でた。
¿?
紋白蝶が飛んでた。
別にそんな特別じゃないけど…。
ひらひら飛んでいるその蝶はすぐに何処かに行った。
けど 道路に出た瞬間に轢かれた。
呆気ないその終わり方に
私は少し羨ましくも思った。
人は誰しも いずれ忘れ去る。
記憶の中に埋もれる日常や 鮮やかな夕焼け
青春を駆けた学校 思い出の遊び場 読み終えた本
もちろん 埋もれる日常も。
「ねぇ 何かあったの」
茜に焼けた桜を遠目に見ながら 感傷的な思考に
君の声がかかった。
「いつか 君を 忘れてしまいそうで。
いつか 君が 忘れてしまいそうで。」
答えるつもりはなかった が うっかり口が滑った
お互い この場所以外には行けない けど
"離れ離れになるんじゃないかって
もう逢えない日が来るような気がして
ただ これが君の夢で 俺が空想で
君の目が覚めてしまえば..."
「忘れないよ。絶対に。」
そういった君は 真っ直ぐな眼だった
彼女は出来ない約束事は言わない
だから いつもなら"絶対"なんて使わないんだ
君は俺の手を握って
「忘れても 君は覚えてくれるから。」
だから大丈夫。
って君は笑った。
その後は 指切りげんまんをした 馬鹿らしいけど。
例えこの本に結末が来ても 忘れないって。
彼女は俺に会う為に身を捨て
俺は彼女と伴に過ごす為に身を捧げた。
そんな関係だから多分忘れないだろう。
忘れたくても 忘れられない。
忘れらない、いつまでも。
?
「1年後 俺達はどうしてるだろうな」
二人しかいない教室で君が 不安そうに 呟いた。
「いつも通りだよ」
そっと君の隣に行きながら その呟きに返事をした
「多分」
できない返事は もうしたくない。だから
ちょっとだけ 補足した。
「ん そうか。」
そう言って 君は私の頭を撫でた。
「どうしたの 淋しくなった?」
ひやかして言ったつもりだった けど
きみの眼は 本当に不安そうに揺らいでた。
「私はどこにも行かないよ。君がどこにも
行かない限りは ね。」
「当たり前だろ」
顔を赤くした君を見て ちょっとほっとした。
" いつも通り"の結末が 来ませんように。
物語
果てしないこの"日常"に終わりが来ませんように。
「初恋の日、っていつ?」
そう突然君が聞いてきた。
突拍子もないその質問に 俺は上手く答えられなくて
「お前に会った時。」
と キザっぽいことを言ってしまった。
「なにそれ」
やっぱり 君は俺を揶揄うように笑って言うから
「笑うなよ 聞いてきたのはそっちだろ」
と 拗ねた子供みたいな返し方をしてしまった。
「拗ねないでよ 私は会う前からだよ」
へにゃりと笑って さらっとそんな事を言える
君には いつまでも勝てる気がしない な。