ずーっと前、思春期に書いていた日記帳。
家の近くの文房具屋さんで、じいちゃんに買ってもらった、星が散りばめられている日記帳。
感情のごみ捨て場だった。
優しい気持ちで丁寧に丁寧に文字を綴ったページとか、悲しくって辛くってビリビリに破いたページとか。
多分、最後まで使い切る前に、こんなのって(大半が負の感情で埋められている日記帳なんて)おかしいと思って捨てちゃった。
精神衛生上良くないと思って。
モバスペに書いていた日記も、書いたり消したりを繰り返して10数ページ。
消しちゃった。
捨てられた私の感情は、いったいどこに行っちゃうのだろう。
今も私はTumblrでひっそりと日記をつけている。
歳をとるにつれて、激しい感情も自分の中で消化できるようになってきているから、更新頻度は低い。
暴言のみで書かれていた日記も、静かに感情の分析を綴るようになった。
尖りに尖った鋭い感性も、丸く柔らかくなってしまった。
どちらも愛おしいと、今なら思える。
【私の日記帳】
日本海の荒れた波が、香澄の足を濡らす。
ふくらはぎに力を入れて踏ん張っていなければ、時折おしてくる膝上までの波に持っていかれそうになった。
空も海も真っ暗で、ただたくさんの星とぼんやりとした月明かり、スマートフォンのライトだけが香澄たちを照らしている。
憂鬱だ、と思いつつも千秋からの誘いを断ることが出来なかった。
香澄と千秋の女子2人と、和也と直之の男子2人の仲良し4人組だ。
かつての仲良しだった4人組といった方が語弊がないだろう。
高校時代は遠足や運動会などのイベントごとはもちろん、昼食やテスト勉強など何をするにも4人で行動をするくらい毎日一緒に過ごしていたが、千秋は地元で就職し、他の3人は県外の大学や専門学校に進学することになっていったため、卒業後は自然に会うことがなくなってしまった。
しかし、香澄は友人たちと疎遠になってしまうことが、とても居心地が良く感じていた。
無理をしていたわけではない。
実際、高校時代は3人の友人たちのおかげでたくさんの思い出ができて、充実した日々を過ごせていたと思うし、そのことにも感謝をしている。
あの頃の4人はどこまで行っても並行だった。
でも、今は違う。何もかも。
【夜の海】
天真爛漫って言葉がぴったりの、汚いわたし。
真っ白い天使の左羽だって、もいで、ちぎって、めちゃくちゃにして、「ずっとそばにいてね」って。
痛かったけど、悲しかったけど、でもずっと私がいるよ、と言ってくれた。
あのとき、私は私に誓ったの。
内緒だよ。
【神様だけが知っている】
私は嘘がつけない。
「嘘だね」
と、嫌味ったらしく言われたところで返す言葉もないほどに。
湯気が出てしまいそうなほど上昇した体温と、たこのように赤く染まった頬がそれを物語っている。
彼はそんな私を見て、余裕の笑みを口元に浮かべ、紅色の面紐を人差し指にくるくると絡ませて遊んでいる。
小さな道場の中で、ひらひら踊るように揺れる紅色。
その赤に、私は不本意ながらもひと目で釘付けになった。
どんっと地面に踏み込む力強い音とともに、鮮やかな紅の面紐が揺れ、私の視線はそれを追いかけるように彼へと向かう。
絶対に言わない。
死んでも言ってあげない。
紅の糸に惑わされた、哀れで可哀想な私の初恋。
【赤い糸】
ちらちらと雪が降るなかを、2人で歩いた帰り道。
いつも2人で楽しく話しながら通るこの道も、今日はなんだかいつもと違っているように感じるのは、私と君との間に少しの緊張があるからなのか。
いつも隣を歩いているのに、少しだけ前を歩く君の背中はなんだか知らない人みたい。
自転車のペダルが無機質にからからとなっている。
どんな風に君の名前を呼んで、どんな会話をしていたのか、今日は何も分からなくなってしまう。
分からないから荷台を思い切り掴んで、強制的に進行を防いだ。
「プリン作った、から。食べる?」
目が泳ぐ。たどたどしく言葉を発するたびに、汗が吹き出して体が暑くなった。
「うん」
いつもよりぶっきらぼうな返事。交わらない視線。
今日はバレンタイン。
【バレンタイン】